「俺はお前らとKAT-TUNが大好きだ」
正直まだなんにも心の整理がついていなくて「これからどうしよう」ってずっと思ってるけど、整理できてない今の状態を書き残しておくことが数年後の自分のためになりそうだから、一旦書いてみることにする。
赤西担が船推しになるまで
私はKAT-TUNが好きだ。だが、KAT-TUNの中の特定の誰かをいわゆる「担当」や「推し」とは位置付けていない。FCの好きなアーティストは15年前に「亀梨和也」に変えたままだし、かめに肩入れしているのは自明だが、彼ら自身がそうだったように、私もある種の美学を持ってKAT-TUNを文字通り箱推し、むしろ「船推し」をしてきた。
私はいわゆるごく出だった。永遠の新規が本当にど新規だった中学生時代、クラスの女子は仁派か亀派か二分されていて、私は仁派だった。赤西担を名乗っていた時期もある。2つ年下の同僚とあの頃の話をした時、私はごくせん→anegoの流れで仁派に落ちつき、彼女はごくせん→サプリの流れで亀派だったらしい。高校生の文理選択か。ほんでごくせんはやはり全国必修科目なんだな。
好きになったのが赤西仁と亀梨和也で、彼らが所属しているグループだったからKAT-TUNに興味を持った。彼らがキンキの直属の後輩で、既にテレビでもコンサートでも何度も見ている子たちだったのは完全な偶然だった。親の影響でジャニーズは身近な存在だったが、私が見てきたジャニーズのアイドル像に対して、KAT-TUNは異端だった。ヤンチャでギラギラしていて近寄りがたい色気がありながら、その実6人でいるとわちゃわちゃとして騒がしく、女子が思い描く「男子校」のイデアみたいな連中だった。
中学で不良がモテがちなのはこういう原理なのだろうなと思いつつ、そんな彼らにどんどんハマっていった。何しろ既に10年以上ジャニーズを見ていてコンサートにも行っている家庭なので、応援のノウハウはいくらでもある。気づけば母も騒ぎはじめ、キンキとKAT-TUNのコンサートに一緒に行くのが年中行事となった。生まれて初めて、自分で見つけて自分で好きになったアイドルがKAT-TUNだった。
かつんの音に厚みと色気をもたらす赤西くんの歌と、何より笑った顔が大好きだった。かつんのメンバーとくだらない話をしたり、中丸くんをいじり倒して突っ込まれた時の、がきんちょみたいに嬉しそうに笑う顔が見たくてテレビにかじりついていた。笑顔を見られる回数に対して、笑顔を探さないといけない時間がだんだん長くなっていることには気づかないふりをしていた。
とはいえ気づかないふりをしていただけだったので、赤西くんの脱退を知ってもあまり驚かなかった。やっぱりそうなるよねと思ったし、双方にとってそれが一番いいんだろうと納得もした。引退するわけではないのだからこれからも赤西くんの歌は聴けるわけだし、両方応援できればいいなと最初は思っていた。
でも、KAT-TUNではなくなった途端、赤西くんを応援するモチベーションは無くなってしまった。KAT-TUN側に対してもモチベは下がり気味だったけれどゼロになることは無かったのに対して、赤西くんに対しては歌を聴く気にもなかなかなれなかった。グループ在籍中はソロの現場にも行っていたのに。
ときどきテレビで見かけても寂しさと虚無感がいつまでも拭えず、赤西くんがいないKAT-TUNを見るより、KAT-TUNではなくなった赤西くんを見るほうが辛かった。結局「応援したいのになぜかできない」という状態が1年くらい続いたと思う。
そして、何がきっかけだったのかは忘れてしまったが、ある日ようやく気づいた。
私が好きだったのは「KAT-TUNの赤西仁」だった。KAT-TUNにいて楽しそうにしている赤西くんが好きだった。私は赤西くんがKAT-TUNだから好きだったのであって、彼がKAT-TUNではなくなった以上、私の好きだった人にはもう会えない。自分のやりたいことのために船を降りた赤西くんに、いつまでも「KAT-TUNの赤西仁」を求めるのは失礼だし、そうしたところで私の求めるものはもう戻ってこない。
そう理解して決別を決めた日は結構泣いた記憶がある。高2か高3の時だった。達観してんな。もっと楽しくおたくやりなよ笑
その時に同時に気づいたのが、私が好きなのはKAT-TUNそのものなのだということだった。入口は仁亀だったけれど、その先で出会ったKAT-TUNという船とそのもとに集う彼らのコミュニティを好きになっていたのだ。今や私がKAT-TUNを好きな理由はKAT-TUNそのもので、KAT-TUNを構成するものの中で一番大切なのはKAT-TUNになっていた。
これからはKAT-TUNの船を応援するハイフンになろうとこの時に誓った。
楽しかったことも書いとく
(どんな章タイトルだよ)
それからの船推しハイフンとしての私はわりと無敵だった。
正直KAT-TUN以外にも好きなコンテンツやグループ、推している俳優がいるので、自分にできる範囲で見たいものを取捨選択するのが重要になってくる。その点、船推しと割り切れば「メンバーの仕事は全部追わなきゃいけない」というような義務感からは解放されて、見たいときに見たいものを見るので、負担にならない距離と温度を保つことができた。その方向性はあんまり推せないなぁと思ってかなりとろ火だった時期もあったし、その後もいろいろなことがあったけど、KAT-TUNがKAT-TUNとして存在し続けてくれたから、炎が消えることはなかった。
特に4人時代以降はメンバーのビジュもバランスもライブの内容もどストライクで、どの瞬間も「かつん応援してて今が一番楽しい!」を更新し続けてきた。
come Hereはアルバムもライブのセトリも大好きで歴代で見てもトップレベルに楽しかったツアーだった。スタトロで目の前でかめたんが振り向いてくれてまじで後光差してた(※照明)単独カウコンは暫定人生で一番幸せな年越しだった。
9uarterはコンセプトといい既存曲のアレンジといい、かつんって本当にライブ作るの上手いなと再認識した最高にかっこいいライブでこれも大好き。ショットグラスは売り切れで買えなかった。欲しかったな…
キスキスのサマーミーティングに当たったのもむちゃくちゃいい思い出。カメラ入ってないからって下ネタ祭りでほんとひどかった笑 ハイタッチお見送りは中丸→上田→田口→亀梨の順だって大阪のレポで読んだのに、東京で順番真逆になってて、衝立ての中入ってすぐハイ亀梨和也ドン!だった衝撃は忘れない。かつんと直で接触したのはこれが最初で最後だった。つーこさんを見たのもあれが最後だな。
4人になって、もうさすがに江戸幕府だろ、ここから太平の世だろと思ってたけど、まだ全然安土桃山だった。信長、光秀の裏切りには相当ビビっただろうね、わかるよ。
充電期間を経て
生放送で田口くんの脱退と退所が発表されたときは、流石にもうダメなんじゃないかと思った。やばい、KAT-TUN無くなっちゃうかもしれない、と本気で思った。田口くん以外の3人ずっと泣きそうな顔してんだもん。解散させないでほしい、ライブでKAT-TUNに会わせてほしいって要望のハガキを初めて送ったりした。ハガキ書くか卒論書くか泣くかの生活だった。
結局3人はKAT-TUNで居続けることを選んでくれた。充電期間を設けはしたけれど、あんなにボロボロになりながら、わざわざ一度活動を止めてでもグループを続けるという選択が生半可な気持ちによるものではないことは明らかだった。上田くんや中丸くんの涙、かめの「KAT-TUNでいたい。KAT-TUNを好きでいたい」という発言、そして充電前最後のライブで叫んでくれた「俺はお前らとKAT-TUNが大好きだ」という言葉があったから、充電期間中も何の不安もなかったし、充電完了して船に帰ってきた3人をより深く信頼することができた。必要な2年間だったと、いまなら言える。
私は、KAT-TUNが変わらずにそこに在りつづけようと努力してくれるところが好きだ。たとえメンバー構成が変わってもKAT-TUNというブランドが損なわれることはないように、上田くんなんかは自身の見せ方を変えてまでしてグループのバランスとイメージを保ってきた。近年ではゴージャスな大人っぽさが上乗せされているが、ヤンチャでギラギラとしたイメージがデビュー当時から変わらないのは、紛れもなく本人たちの意志と努力の賜物だと思う。
海賊という原初のイメージに立ち返った10Ks!やUNION。KAT-TUNのブランドに各アルバムのコンセプトを上乗せしバチバチの世界観で魅せたCAST、IGNITE、Honey、Fantasia。充電明けツアーのCASTのオープニング、「傷ひとつない奴に世界など動かせない 運命さえ超えろ」って歌いながら天から降りてきたのには痺れたな。ギラギラだけではない甘々なKAT-TUNの一面を存分に発揮してきたHoneyは、40代を目前にした大人アイドルとしての魅力を再発見できた。15周年ツアー以降ペンライトが6色に光るようになって、いつか「ハイフンの色」と言ってくれた白も入れて客席が7色に輝くようになったのにもちゃんと気づいてるよ。
ライブに行くたびに、3人のKAT-TUNとしての誇りと、KAT-TUNの歴史すべてへの重たい愛情を感じた。充電期間を経た3人を見て、私の大好きなKAT-TUNを守り続けてきたかめと上田くんと中丸くんのことがやっぱり大好きだなと思うようになった。
「きっといつか果ててゆく時と知りながら」
15周年のときのインタビューで忘れられない言葉がいくつかある。
上田くんは、15周年にたどり着いたから今こそ続けて良かったと思えるようになったものの「KAT-TUNを続けることはファンにとって必ずしも正解ではないのではないか」という葛藤があったという。かめも、メンバーの脱退に際して「自分は本当にここにいるべきなのか考えた」「逃げ出したかった」と話していた。
ただ欲望のままに「KAT-TUNで居続けてほしい」と願った私は、彼らがそんな苦しみの中で難しい選択をしつづけてきたことを忘れてはいけないと思った。
かめはこんなことも言っていた。グループ活動やアイドルの活動について「永遠を信じてやるのは違う」と。
そうだよね。終わらせるという選択肢をリアルに考えたことのある彼らだからこそ、この旅にいつか終わりが来ることを知っている。私だって、今グループが存続していること自体当たり前のことではないことは痛いほどわかっている。
だから、いつか彼らが帆を下ろすと決断した時にはそれを受け入れ、後悔なく見送れるように覚悟しておこうと思った。
「せめて永遠ではない時を一瞬でも無駄にはしないとここで約束しよう」
ライブのアンコールのぴすふるで突き上げる腕にもより力が入るようになった。
ちなみにこのインタビューで、職業を聞かれた3人が
亀梨「亀梨和也」
上田「KAT-TUN」
中丸「タレント業」
と答えたの、三者三様KAT-TUNで愛してる。
3人になってからのKAT-TUNはまさに江戸幕府だった。過去にない安定感。こりゃ260年続くわと思ってたよ。
解散に際して
解散に至るまでのいろいろに関してはここで議論したいことではないので一旦割愛する*1。
解散発表までの数カ月は実質開店休業状態で*2発表以降も結局グループとしての活動は無いまま3月31日を迎え、「必ずまた会おう」という約束だけ残して、解散。
翌日から3人はそれぞれの仕事に向かって行ったけど、私は置いていかれた気分で、新しいサイトやFCができたり次の出演作が決まってもなかなかチェックする気になれなかった。前を向こうとしている3人を見て、自分が置いていかれていることを自覚するのが悲しかった。
それに私は兼業おたくなので、KAT-TUNの活動がなくなっても私のおたく活動は無くならない。4月以降も、広くんや広大くんの舞台を観に劇場に通ったり、声優さんの朗読劇やイベントで沸き散らかしたり、刀ミュの10周年ドームを楽しんだりしていた。ときどき思い出して虚無感に襲われてはいたし、スキズのライブでFantasiaぶりにエコパに行った時は、あのバカ楽しかったオーラスを思い出してちょっとしんみりしたけど。
「KAT-TUNが解散した」ということに目を瞑って3人を見ないようにしたまま、元気に生き延びられてしまった。
これはこれでまた寂しいことでもあった。選択的兼業おたくだからソロまですべては追いきれないし、ゆるい船推しというスタンスでここまでやってきたけれど、結局私は、KAT-TUNでなくなればかめのことも上田くんのことも中丸くんのことも、他人事にしてしまえるんだなと思った。自分のそういう薄情なところが嫌になる。*3
3人のうち誰か一個人のことを一番大事に思えていればこうはならなかったのか。のらりくらりと船推しなんてやってるからいけなかったのか。全員が船を降りて行っても誰にも着いていけず、あの日、彼ら自身が火を放ち船を沈めた海の前でいつまでも泣き続けている。
ライブ『Break the KAT-TUN』
あの日ーーーブレカツは現地参戦できて本当に良かった。
私はまだ「KAT-TUNは青春だった」って言えていない。個人的に「青春」って、得てして過ぎ去った時代を懐かしんで振り返るときに使う言葉だと思っている。昔の曲を聴いてそこだけを切り取って「あの頃は青春だった」とは思うけど、 KAT-TUN自体を好きな気持ちは初めからずっと変わらず現在進行形でここに存在しているから、KAT-TUNを「青春だった」と言って過去に置いていくことができない。
ブレカツを見て一番に思ったことは「KAT-TUNって人生だ」だった。 一曲一曲に結びついた景色や思い出が蘇って、KAT-TUNが人生に寄り添ってきてくれたことを痛感した。
KAT-TUNとハイフンと一緒に記録を作ってきてくれたシングル曲、そしてセトリ落ちしてしまったけどKAT-TUNとの思い出と私の人生を彩ってくれた、すべての楽曲に大きな拍手!
私はKAT-TUNのライブが大好きで、世界で一番愛する催し物といっても過言ではない。それをもう二度と体感できないなんて考えたくもないけれど、「ライブを通して成長してきた俺たちだから、ライブで派手に幕引きしてやるんだ」という彼らの最後の美学を見せてもらった。
もっと一緒にいたくて、彼らのことを「KAT-TUN」と呼びたくて、Wアンコールも頑張ったししばらくはその場から動けなかったけど、振り向かないその姿勢ですらKAT-TUNらしいと思った。心底楽しく、それでいて気高く美しく儚い、最高のライブだった。
今の気持ちとこれから
今はまだ、解散した実感は無い。ブレカツのライブ中も、「この曲を歌うのもこれが最後か」と思って泣きながら聴いていても「この人たち本当に解散すんの?今も目の前に居て、相変わらずこんなにかっこいいのに?」と思わずにいられなかった。
というか今までだって、充電期間が2年空いたり、シングルが2,3年出なくて年末の大型歌番組くらいにしかグループで呼ばれなかったりしたことはあった。ブレカツの前のツアーだって2年半前だし。気持ちの整理も何も、実感もいまいち無いまま2年くらいは過ぎるんじゃないかと思う。
待てど暮らせどKAT-TUNが帰ってこないまま3,4年経った頃にようやく「本当に解散したんだ。もう帰ってこないんだ」と実感するのかもしれない。そうやってだんだんKAT-TUNが過去になっていくのかな。その頃には3人のことをすっかり見なくなっていて、久しぶりに彼らの顔を見たときには「KAT-TUNって青春だったな」とか言うんだろうか。
今の私は、そんな未来を心底寂しいと思っている。3人のことを、かめのことを、ゆるくても前向きに応援しつづける未来を迎えたいと思っている。毎日のように亀チャンネル見てるし、ソロツアーだって行きたい。
でも兼業おたくの性として、何を優先するかはその時の本能で決まるから、少し時間をかけて自分の気持ちの赴く方向を見定めようと思う。いま別れるのが寂しいからって安易にかめについて行くと決めたとして、後になって「やっぱり違った。KAT-TUNの亀梨和也じゃないと意味なかった」と気づくことのほうがずっと辛いのは、もうとっくにわかっているから。
今この瞬間かめと上田くんと中丸くんのことが大好きなことに嘘は無いけれど、いつかこの気持ちが薄れていってしまう前に、いま一番に思ってることをここに書き留めておく。あの日、大好きな3人が言ってくれたみたいに。
「俺はお前らとKAT-TUNが大好きだ!」
推しピとアルスコと過ごした学舎『ハリーポッターと呪いの子』3rdシーズン
2025年6月26日、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』3rdシーズンが閉幕した。推しぴと推しピ(詳しくは後述)の卒業をもって私も一旦赤坂ホグワーツ卒業かなと思っているので、いろいろなタイミングと縁が重なりハリー・ポッター尽くしだったこの1年半の記録を残しておこうと思う。主にアルスコと西野遼くんのスコーピウスについて。
ハリポタ尽くしの一年半の幕開け
そもそも、日本での呪いの子3年目に重なる2024年は、『ハリー・ポッターと賢者の石』の日本語版小説発売から25周年のアニバーサリーイヤーだった。
今のアラサーは子供の頃みんな映画を観ていたし、本を読んでいた人も少なくないだろう。かくいう私もドンピシャの世代。アズカバンの囚人までは特に好きで吹き替えの台詞を覚えるくらい観たし、4巻あたりまでは映画も小説も追っていたので同級生よりは少し詳しいくらいの知識だが、その先はなんとなくフェードアウトしていたので後半の話はだいぶ曖昧。エディ・レッドメインと江口さんが好きだからファンタビも地味に追っている、くらいの温度感だった。
ところが、このアニバーサリーイヤーの気合いの入りようは年始からすさまじく、私もまんまと乗せられてウィザーディングワールドにドハマりした。正直ホグワーツレガシーが出たあたりから沸々と煮えてきてはいて、趣味でやっているアンサンブルのメンバーを焚き付けてハリポタメドレーやったりしてたけど。
ハリポタづくしのシーズンだった。
金曜ロードショーは3週連続で映画シリーズを放送してハリポタ祭りの年明けになった。僕はそこから映画シリーズを配信で見漁った。
2月の半ばに僕が2周目のホグワーツを楽しんでいると、呪いの子カンパニーが3年目のキャストを発表した。そこで僕は個人的に初めての呪いの子観劇を決意した。
(↑ぴろクラにだけ伝われば満足)
まず1月の金ローで毎週ハリポタをやっていて、たしかアズカバンの囚人まで放送されていた。しかも、ちょうど年末からアマプラでハリポタシリーズの配信が開始されていたので、毎週金ローを見るうち案の定続きを見たくなった私はあっという間に死の秘宝Part2まで完走。当時私と同じルートをたどった人は多かったのではないだろうか。我らが安元洋貴さんも同時期にハリポタにハマりなおして全シリーズ見たと話していたし、八代拓ちゃんも賢者の石を見返していたらしい。
ついでにファンタビもサクッと見直して、それでも足りぬとまた賢者の石に戻るループに入り、Youtubeの声真似動画や解説動画にも手を出しはじめた。私がよく見ている解説チャンネルはこちら。
こういうのを見ていたので、呪いの子の話の筋もある程度知っていた。私がよく言う「モンペポッター」「いたずら専門店のおもしろおじさん」「太陽のお祭り男」「ハッピーヴォルヴォル」あたりのクセ強ワードはだいたいこの解説チャンネルの請売りだ。このワードセンスとノリが合いそうな人にはオススメ。
そんなこんなで、私がすっかりウィザーディングワールドにどっぷりになった頃合いを見計らったかのように、呪いの子3年目の新キャストが発表され、推しである矢崎広さんがロンを演じると知ったときはひっくり返った。いつかは観たいなと思っていたし、こうなったら今年は頭からどっぷり魔法界に浸ってやろうじゃないのよ!
ということで、同じくずっと行きたかったスタジオツアー東京に足を運んだり、組み分け診断でレイブンクローに入れられたりしている頃、ちょうど呪いの子が寮対抗の「ハウスプライド」なるイベント中で3月はレイブンクローがピックアップされていることを知り、「レイブンクロー生として行かねば!広くん登板前の予習だ!幹二さんはもうすぐ卒業みたいだし!」というちょっとした気まぐれとレイブンクロー生としての使命感で、3月末に初めて呪いの子を観劇しに行った。それが運命のホグワーツ特急での出会いになるとも知らず…
呪いの子3年目の一年間
いいところだが、本題に行く前に、私の赤坂ホグワーツ+αで の一年の概要の記録を。観劇は太字部分だけだけど、なんかおもろいイベントがたくさんあったので体験したものは書いておく。
3月
初観劇(ハウスプライド:レイブンクロー)
7月
ぴろロンデビュー日観劇(ハリーバースデーイベント)
8月
にしぴロン回観劇
観客動員数100万人突破 東京タワー点灯式
9月
Back to Hogwartsイベント日観劇
日本橋三越本店「英国フェア2024」展示
12月
3年目卒業キャスト発表
あおにしお見送り回観劇(クリスマスイベント)
3月
TBS AKASAKA COLLECTION produced by TGC 配信
4月
クイズ大会観劇(ハウスプライド:レイブンクロー)
6月
3年目千穐楽観劇
思ったより回数観てないんだなと思ったが、ロングランで推しが1年間ずっと出ていればまぁこんなものだろう。行きたいイベントがあれば観劇するくらいのノリだったので、観劇とイベントの思い出が結びついている。楽しかったなぁ。
注目したいのはキャストの内訳で、にしピ以外の回を観たのは広くんのデビュー日の1回のみ。にしピ最優先すぎる。どうしてこんなことに。
次章からはいよいよそんなにしピとアルスコについてまとめていく。
不憫担を狂わせるスコーピウス・マルフォイ
にしピの第一印象
先述の解説チャンネルでは「太陽のお祭り男」として知られる(?)スコーピウス・マルフォイ。「あのクソガキのドラコからどうやったら太陽のお祭り男が生まれるんだよ」くらいの知識でのぞんだ初観劇、ホグワーツ特急のコンパートメントにポツンと座っていた西野遼くんのスコーピウス(以下、にしピ)は、思っていたよりも控えめな太陽だった。
ホグワーツ特急でアルバスと出会うシーン。「ここ空いてる?」とアルバスに訊かれると、しっぽを振らんばかりの勢いで嬉しそうに「うん!空いてるよ!僕一人だ!」と笑顔を輝かせ、ローズがアルバスを自分から遠ざけようとしていることに気づくと、耳としっぽをだらんと下げて表情を曇らせる姿。
まさかスコピ、イッヌなのか…?(既に耳としっぽが見えてる)キラキラな笑顔と、境遇故の寂しげな雰囲気、隠しきれない大型犬感。そして顔。鬼っ子ペッパーの汽笛の音がごとく、天使の歌が脳内で爆音で鳴り響いた。天使の歌が~~~~~~~~~~~~聞こえる~~~~~~~神が~~めぐり~あわせた~~~~~~~
ぽかぽかおひさまスコピ
前情報の通りスコーピウスは根っからのいい子で心優しく、親友となったアルバスを大切にしていることを言葉でも行動でも示してくれる。にもかかわらず、親が死喰人だったからという本人にはどうしようもないバックグラウンドや、ヴォルデモートの子供なんじゃないかというえげつない噂のせいでいじめに遭い、更には思春期真っただ中に最愛の母を亡くしている。デフォルトで人生がハードモードすぎる。
しかしながら、にしピは(誰かさんと違って)自分の境遇を悲観して腐ったりすることもなく、アルバスといるときはいつもキラキラの笑顔を見せている。彼の置かれた過酷な境遇を思うと、そのあたたかい笑顔の裏に健気さや儚さ、悲しみを見てしまう。
一方のアルバスは、いつも僕が僕がパパがパパがで突っ走り、スコーピウスが心に深く負っている傷に気づきもしない。そんな親友相手ではきっとろくに相談することもできず、寮で独りで泣く夜もあっただろう。それが爆発するのが図書室のシーンだった。
スコーピウスはたしかに明るい子だけれど、にしピはすべてを照らすギラギラの太陽というより、自身が傷を抱えているからこそ人の痛みを理解してその笑顔であたためてあげられる、ぽかぽかのおひさまみたいな子だ。いつもそうやって、自分の悩みそっちのけでアルバスにも寄り添ってやっているのだろう。そんなアルバスファーストな子が「じゃあ“僕は”どうなんだ!!」と己の身の上を嘆いて泣き叫ぶ姿に、いつも心を鷲掴みにされていた。あの笑顔の裏にはやはり深い悲しみがあったんだね…
それでも、心の底から吹き出した闇の中からスコピを救い出してくれるのはやはり唯一の親友の存在で、「これからも友達だよね」と差し伸べられたアルバスの手を「永久に」と握りかえすときに見せる、涙でべしょべしょだけどぽかぽかな笑顔が大好きだった。
余談だが、呪いの子初観劇の日は午前中に『海がきこえる』のリバイバル上映を観に行っており、里伽子とかいう悲劇のヒロインの自分に酔ってる系女に散々むしゃくしゃさせられていたので、初見の図書室はかなりスカッとジャパンだった。
スコーピウスにとってのアルバスとは
私は初登場から10秒でスコピしゅきぴ()になっているので、スコピのことをまったく顧みず突っ走っていくアルバスにはどうしてもイラっとしてしまい、初見のころは正直アルバス自身の良いところはあまり見えてこなかったけれど、アルバスがスコーピウスにとってどんな存在でどれほど大切な人なのかは、にしピを見ていればわかる気がした。
ずっとホグワーツでの生活に憧れて入学を待ち望んでいたのに、いざ入ってみたら理不尽にいじめられるなんて、アルバスのように卑屈になる方が普通だと思う。それでも、アルバスと並んでホグワーツ城を眺めるにしピの目は、我が家を懐かしむような慈愛に満ちている。それこそ、ハリーがホグワーツこそ我が家だと思っていたように。
スコーピウスの夢は、ハリー・ポッターのようにホグワーツで一緒にむちゃくちゃやれる友達を作ること。そしてそれは今まさに達成されている。スコーピウスにとってはアルバスの存在こそが自分が求めていたもので、アルバスの隣にいられればこそ自分らしくいられる。
ふくろう小屋のシーンで、ヴォルデモートが勝利した世界線を見てきたにしピが「僕はすごい嫌な奴になってて、怒ってて、偉そうで、いじわるで…」と悲しそうにぽつぽつ話す一言一言も忘れられない。たとえいじめられなくなったとしても、親友とその隣で笑っている今の自分を失うことのほうが辛いんだよね。にしピをぽかぽかなおひさまたらしめているのはアルバスなのだ。
他にも、ビジュアル面やら芝居面やら、にしピの好きなところはいくらでも挙げられる。書き連ねるときりがないしきしょいから畳んでおく。読みたい人だけ、暴露呪文をどうぞ。
スぺシアリス・レベリオ
- 2年目でも3年目でもアルスコの中で一番背が高いから、ちっこいわんこの後ろをくっついて歩くおっきいわんこみたいな画になる
- 飛行訓練でからかわれるアルバスを両手で箒握りしめながらいたたまれなさそうに遠巻きに見る姿がいじらしい
- 猫背は治した方がいいけど階段に座りこむと一段と背中が丸まって小さくなるのが愛おしい
- 「一過性の常軌逸脱ってやつ?」が極端にクールなパターンがあってかっこいい
- ロンとか駅員さんとのくすっと笑えるシーンでの絶妙な間合いが天才的に面白い
- スネイプに「アルバス・セブルス・ポッターに伝えてくれ」って言われた瞬間、顔ぐしゃぐしゃにして泣いちゃうのが愛おしい
- 黒シャツ黒ネクタイで水から上がってくるのほんと良くないよね、目に
- 水から上がったあとの「パ!!…ッパもいるのお…」「ぱぱー」って両手広げてパパにハグしに行って拒否られるパターンがあほかわいい
- アルバスがセドリックに言った言葉を聞いて俯いちゃうのが愛おしい
- ゴドリックの谷でずっとパパにひっつき虫でかわいい「ハリーのことは助けて」と命乞いするリリーを見て耐えられなくなってパパの胸に顔うずめちゃうのが切ない
正直に言おう、3年目は完全に意図してにしピ出演回を選んで観劇してきた。私が初観劇した時点で2年目アルスコの中で西野くんのみ続投することが既に決まっていて、3年目が彼のラストイヤーになることも予想できたので、こうなったからにはにしピを最優先しようと第一印象から決めてました。くぼピあさピ、ごめんんんんんんんん
アルバスとスコーピウス
通称アルスコ。今日はこれだけ覚えて帰ってください。
ここまで語ってきたように、それぞれヘビーな悩みを抱えた思春期の少年二人が、全寮制の魔法学校の中でお互いを唯一の心の拠り所として友情を育んでいく。どうだ全てのブロマンス厨、そそるだろ???
ぴろロンに備えた下見のつもりで行ったらとんでもない沼が待っていて、推しはまだ稽古すらしてない頃から推し以上の目的を見つけてしまったという意味で、2024年最大の誤算ケミとなったアルスコ。3年目の渡邉蒼くんと佐藤知恩くんそれぞれのアルバスとにしピの関係性について、個人的解釈を書き残しておく。
あおにし
一番観た馴染みと愛着の組み合わせ。ヒッポグリフの初日とバック・トゥ・ホグワーツの日以外は結局全部あおにしだったんじゃないかな?
あおバスは、ジェームズとかいうクソ陽キャ兄貴がすぐそばにいたのもあって根暗に育ったタイプだと個人的に思っていて、ド陽キャ寮のグリフィンドールが幅利かせてるホグワーツはそりゃ合わないだろうなぁという印象。
そんなアルバスとスコーピウスはまさしく「鳥籠の中でやっと出会えたたった一人の友達」……もうお気づきだろうか。そう、ダーウィンとレオだね。蒼くん効果もあり、あおバスとにしピを見ているとどうしても『ダーウィン・ヤング』のダーウィンとレオを思い出す。
出口のない夜をひとり歩いた
君の瞳の中に僕がいる
友を知る人生であれば最高さ
世界が敵でも僕たちは出会った
そばに(ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』より『友だち』)
ああもうまさにこれです。
父や兄への劣等感に加え学校でのいじめで完璧な卑屈ボーイに仕上がったアルバスと、最愛の母親を亡くし父とはギクシャクしたまま、根も葉もない噂のためにずっと友達もできなかったスコーピウス。他に友達もおらず家族も頼れない二人が築いた相互依存関係を、“友情”なんて言葉では括りきれない特別な“愛情”として体現していたのが、あおにしのアルスコだったように思う。
ちおにし
完全新解釈で大好きな組み合わせ。一回しか観られなかったけれど、むしろ一度でも観られたことを神に感謝している。
そもそもちおバスは根暗ではなく根っこは陽キャなのに、自己肯定感バカ高集団・グリフィンドール(グリフィンドールへの怨念がすごい)に思春期に散々コケにされたせいでひねくれてしまった子だと思う。普通の公立高校だったらむしろ人気者だろう。
ちおにしは、お互いのそんな根っこの陽の部分で共鳴し合うアルスコだった。ダーウィンとレオで言えば、
俺は思い出したんだ そう
自分が笑えるのだと(同上)
の部分が合う二人。にしピがぽかぽかの笑顔でいられる唯一の場所がちおバスの隣で、ちおバスにとってもきっとそうだったんだろう。自分が自分らしくいられる相手、それがちおにしのアルスコだった。ゴドリックの谷でチョケて二人でくすぐり合う姿が大好きだったな…
西野くんのお手紙にもあったように、知恩くんと西野くんの普段の男子校ノリがアルスコにも反映されているのがよくわかった。
第一の課題に飛ぶ前に二人でホグワーツ城を眺めるシーン、自分は父親とはぜんぜん違うとまた卑屈になるちおバスに、遠くを眺めたままボソッと「…君のほうがいい」とつぶやいたにしピが忘れられない。あおバスのときはいつも目を見て言うのにちおバスに対してはそうしなかったところに、男友達故の照れくささが滲んでいるように見えた。
結局ちおにしを見られたのは一回だけだったから、ちおバスのときいつもそうだったのかはわからないけれど(有識者の目撃情報募集中)相手が知恩くんだからこそ出た芝居だったんだろうと思う。基本的に恥じらいとか無さそうな聖人君子のスコーピウスに一番“男子”を感じた、個人的伝説のシーン。
ともすればスコーピウスはアルバスの腰巾着にも見えかねない。ふくにしで観たときはにしピが人懐っこい大型犬の印象だったけれど、本人も話していたように、末っ子だった2年目の布陣から3年目で先輩になったことで、スコーピウスとしてのアルバスとの関係性も変わったんじゃないかな。3年目はどちらのアルバスとも対等な友として、きちんと意見し支え合っていた印象が強い。
アルスコキャスト
2年目でにしピにハマって得したなと思ったのは、コンテンツが多いこと。
呪いの子には公式Youtubeチャンネルが存在し、現在は主にアルバス役とスコーピウス役のキャストのわちゃわちゃをお送りするなんともありがたいチャンネルである。www.youtube.com
動画の投稿が始まったのが2年目期間中の2023年末なので、2年目〜3年目に出演した西野くんは現状YouTubeへの出演回数がトップ。ありがたすぎ。私が初めて呪いの子を観劇してアルスコ厨になった時点で、ファン感謝祭、アルスコ新年会、アルスコ組み分け診断などの動画が既に上がっていたので、観劇後の余韻と新しい沼に浸るにはもってこいの環境だった。
個人的に特に好きなのは、オールスター感謝祭の動画。オンエアでは一瞬しか映らなかったが、事前練習も含めたビハインド映像を出してくれる親切さに私オールスターが感謝した(?)
緊張でナーバスになっているハルくんと、「走るだけだよハルくん♫」と始終楽しそうにニコニコしている西野くんの対比がめちゃくちゃ面白い。まんまアルスコ。あと、本番で着るために自宅から持参したバスパンをスーパーのレジ袋から出してくるシーンが大好き。飾り気がなさすぎる。
こうした動画でのわちゃわちゃを通して、アルスコキャストたちの素顔や関係性を垣間見ることができる。特に2年目→3年目にかけては西野くん以外のキャストが総入れ替えになったこともあり、西野くん自身の立ち位置も大きく変わった。全員が歳上で先輩だった2年目ではお兄ちゃんたちにいじられるかわいい弟ポジションだったが、3年目では歳下組ながらひとりだけ1年先輩という中で回し役を担い、実にいろいろな顔を見せてくれた。私生活でも真ん中っ子で兄の顔も弟の顔も持っているというのがよくわかる。この辺の話は、ハルくんと、同じく2年目で一緒だった門田宗大くんのラジオに出たときに話題になっている。
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第18回 西野家 - コメハカタメ | Podcast on Spotify
3年目開幕前は、公演中の西野くん以外のアルスコ4人だけでスタジオツアーに行ったと聞いて拗ねていたし、先輩たちがみんな居なくなってそんな4人にひとり合流するのはめちゃくちゃアウェイだろうなと少し心配していた。スコーピウス役だけで言っても、3年目から入ってきた浅見くんと久保くんがありえんほど仲良しだし…
だが、あのコミュ力おばけの前には杞憂だったように思う。
控えめであまり前に出ない浅見くん久保くんと、陽キャでイケイケGO GOな西野くんの「ちっこいにゃんこ2匹とおっきいわんこ」「かずかずと西野」*1みたいな図が可愛くて大好きだった。
わんことにゃんこ2匹みたいなスコピず↓
アルバス役の二人とも、蒼くんとはコミュニケーションを密にとっていていつの間にか「蒼」と呼び捨てで呼ぶようになっていたし、知恩くんとは気のおけない男子校の友達同士のような関係なのが、動画を見ても舞台を見ても伝わってきた。
3年目の終盤では2年目で一緒だった福山くんがカムバックし、いじられ後輩だった西野くんがまとめ役を務める姿をまじまじと眺めていて、引退した3年の先輩が2年生の天下になった部の様子を見に来たみたいで面白かった↓
ちなみに、ファンミで西野くんに「2年目、3年目のアルスコで家族になるなら、誰が父、母、きょうだい、ペットですか?」と質問したところ、以下の回答だった。時間の都合もあってか、門田くんとあおちおがいないけど;
西野的アルスコ家族📝
— てぃーみき (@tea__miKi) 2025年7月19日
父:福山
母:浅見
姉:久保
兄:藤田
ペット:西野
今では「西野くんが卒業してYouTube回るか?かずかず大丈夫か???」と逆に心配になるレベルだが、4thキャストが揃えばまた違ったアルスコキャストの空気が醸成されていくんだろう。去る人がいれば残る人、新しく入ってくる人もいて、その年ごとに雰囲気が変わる。やっぱアルスコ、部活か???
ここまでアルスコの話をしていて思ったけれど、他キャストはともかく、アルスコに関して言えば呪いの子の福利厚生って異常じゃない???動画だけでなく、アフトクやお見送りイベントにも必ずいるし、アルスコの若手キャストを入口として新規を獲得しようという気概をむちゃくちゃ感じる。ブロマンス厨で呪いの子未履修のおたくは、まずは軽率にスニチケエントリーしてみてほしい。
卒業
3年目千秋楽のスコーピウスの最後のシーン、アルバスをハグして離れてからにしピが「僕たち、新しいバージョンになったから」と言うまでの間が永遠のように感じられた。
大好きな台詞だけれどこれがにしピの見せる最後の成長の瞬間なんだと思ったら、早く聞きたいような、このまま言わないでいてほしいような…実際あのときは西野くん本人も「これ言ったら終わっちゃう…」と思っていたと後日インスタライブで振り返っている。
いつもより長く感じた間のあとの台詞は、長い長い旅を終えた万感の思いに満ちていて、にしピがハケてからしばらくは涙が止まらなかった。
逆にその直後にハケるのはやたらと速かったので「あの様子じゃカテコ出てきたらめちゃくちゃ泣いてそうだな」とは思ったが、実際出てきたら予想の20倍くらい泣いてて顔ぐっしゃぐしゃだったのには笑ってしまった。とはいえ、幾度かのカテコを経て、その公演には出ていなかったキャストが次々にステージに現れ、お休み中の知恩くんを含むアルスコも全員ステージに上がったときは、私もまた滝のように泣いた。ステージに全員が揃うことは過去の公演でも無かったらしい。公私ともに仲良しなカンパニーの姿を目に焼き付けられて、最高の千秋楽だった。
卒業から1ヶ月弱経ち、西野くんは自身のファンミで「みんなに会いたくなってインスタの写真見たりして、夜ひとりでセンチメンタルになってます」と話してくれた。私も4thの様子や写真を見聞きしては、「また観に行きたいけど、見慣れた3年目キャストも広くんも西野くんももう居ないんだな」とまだ寂しさを引きずっている。まさに学校を卒業したときのように、通い慣れた校舎は変わらずそこにあるけれど、そこで一緒に過ごした友達や先輩はもう居なくて、楽しかったあの時間自体が戻ってくることはもうないんだなと思い知らされる感覚。数回見ただけの私でさえそうなのだから、キャストは尚更だろう。あの魔法の世界に浸るすべての人たちにとって、呪いの子そのものが“ホグワーツ”なのだ。
実はハルくんのアルバスはまだ見られていないし、にしピに全振りした結果あさピもまだ見られていないので、どこかで4thも観に行きたいとは思っている。とか言っておいて、これで数ヶ月後はるあさに狂ってたら笑ってくれ。人は変わるからね。
ただ、ひとつ言えるのは、これから呪いの子が何度代替わりしても私は「にしぴロンが揃っていた3年目が私の青春」と言い続けるだろうということ。あの日ふらっと赤坂を訪れてアルスコと西野くんに出会えて良かったし、きっかけをくれた広くんにも感謝することがまたひとつ増えた。ロングラン公演に好きな役者が年単位で出るというのは、経験としても面白かった。
呪いの子を自分ごととしてこんなに楽しめる年はきっともう来ないだろう。それでも、これからもあのホグワーツに行けば、魔法と冒険と、人間臭すぎる魔法使いたちが待っていてくれる。近場にテーマパークが増えたようで、大切な母校が増えたようでもある。入学前より少しだけ豊かになった心を抱いて、僕たちは今日、ホグワーツ魔法魔術学校を卒業します(?)
ホグワーツよ、永遠なれ。
アルスコよ、暗闇を照らす光であれ。
じゃあ、またホームカミングデーに!
*1:参考:「じぐ〇わと俺」
初野外ライブ・富士急コニファーフォレスト遠征記録 後編「現地滞在レポ編」
「ミュージカル『刀剣乱舞』 ㊇ 乱舞野外祭」初富士急コニファーフォレスト遠征記録。前回は「事前準備編」をまとめた。今回は後編「現地滞在レポ編」として、細かい現地情報、持ち物・服装等をまとめる。
ちなみに私が現地に滞在したのは9/17~9/19の2泊3日、参加したのは9/17と、9/18の2公演だ。
現地に行ってみて
まずは現地の環境編。特筆すべき注意点に絞って列挙しておく。
高速めっちゃ混む
今回は公演初日に向かった上に、世間は3連休の中日。高速めっちゃ混んだ。
10時半発、13時ごろ着の予定が、到着したのは14時半。1時間半押しである。開演が16時半なので余裕で間に合いはしたのだが道中はハラハラしたし、同じバスの乗客もほぼ全員初日に入るおたくだったので車内みんなハラハラしてた。
面倒だったのはグッズの取引だ。バスの中で譲渡ツイートを検索しまくり現地に着いたら目当ての物はすべて買い取れるよう手配、取引相手にも到着予定時刻を伝えたが、渋滞にはまり到着時間が読めなくなり…待たせてしまうのが申し訳なく、現在地から到着予定時刻を読んでマメに連絡を入れるようにした。
幸い取引相手もみなさんいい方ばかりで、ご迷惑をおかけしたにもかかわらず「大変でしたね」と労わってくださった。その節はありがとうございました。刀ミュのおたくは優しい社会人が多く、取引はスムーズでいつも助かる。
富士急~コニファーまでが地味に遠い
会場となるコニファーフォレストは富士急ハイランドの敷地にあり、富士急ハイランド自体は目の前に駅があるため駅チカに見えかねないが、これは大きな誤解である。そもそもコニファーはパークそのものからはかなり離れている上に、パークとの間には横町バイパスが通っておりドーバー海峡並みに分断されているので、同じ敷地内とは思えないほど歩かされる。
駅はパークの北東、コニファーフォレストはパークを挟んで南西に位置しているため、 コニファーは駅から最も遠い場所に位置しているのだ。駅からパーク内を通って向かうとなると、駅側入園口~コニファーに近い南側入園口までわき目もふらずに歩いて15分、南側入園口~コニファーまで更に15分と、正味30分はかかる。パークに入らず外側をなぞるように歩くこともできるが、これにも20分。駅から徒歩20~30分かかる会場となると、あのサンドーム福井ばりのアクセスの悪さだと思ってよい。
トイレ問題
パークから遠いことによる弊害の代表がトイレ問題である。
事前情報で、会場付近のトイレは仮設で夏場に使うには結構きついと聞いていたため、今回ははじめからノーカウント。それ以外ではパークとコニファーの間の駐車場にトイレがあるが(ドーバー海峡よりパーク側にありあまり会場に近いとは言えない)仮設トイレを避けた客が詰めかけるためかなりの混雑のようで、こちらも結局使わなかった。
ここでひとつ裏技。今回往路はたまたまトイレ付のバスを取っていたため、到着前にバスの中でトイレを済ませることができたのだ。これが地味に大きかった。炎天下で長時間並ぶこともなく、虫の舞っていないトイレを使える。高速バスで現着してそのまま公演に参加予定なら、トイレ付きバスはかなりおすすめである。
2日目は富士急ハイランド内でコラボフードなどを楽しんでからコニファーに向かったため、パーク内のトイレを使用。パーク内で一番コニファーに近いトイレは南側入園口付近のFUJIYAMA横にあり、個室数も多かった。ただし同様にパーク内でトイレを済ませたい審神者も多く、こちらも結構並んだ。16時前に並び始めたが、トイレを済ませてからパークを出て会場に向かい、席に着いたのは開演時間ぎりぎりだった。
持ち物
前回も書いたが、野外フェスのようなイベント参加経験はこれまでほとんどなかったため、すえひろがりに行くミュ審神者で、豪雨の野外フェス経験済みのおたくのTwitter(X)情報や、コニファー経験者の話から情報を集めまくり悪天候を想定して準備したが、実際は天気に恵まれ使わなかったものが多かったので、使ったもの、使わなかったもの、持っていかなかったけど欲しかったものに分けてリスト化していく。
財布やチケット等の貴重品以外で、手荷物に入れていたものはこちら。

使ったもの・あってよかったもの
⬛︎フード付きタオル・シュシュ
宿で使うバスタオル用にキャリーに入れていったが、初日の午後に現着した際「この陽射しは危険なやつだ」と察知し、2日目からは手荷物に抜擢。
当たり前だが、太陽が近い。滞在中はずっと晴天で太陽が陰ることもほとんどなかったので、素肌を晒しているとジリジリと焼かれる感覚がたしかにあり、日焼けどころか火傷の危機を感じた。「ちょっとでも肌を晒したら死ぬ」と思ったので園内では常にキャップの上からタオルを被り、頭、日焼け止めを忘れがちな耳・首、腕までオールカバー。帽子と日傘も持っていたがいずれも多少の隙があるので、フード付きタオルしか勝たん。こんなに使うなら事前にグッズのタオル買えばよかった…
フード付きタオルと併用して意外と役に立ったのがシュシュ。フード付きタオルにはボタンや紐で前を閉められるようになっているものも多いが、デコルテの防御が手薄になりがちである。私の持参したものもボタンの位置が端過ぎて首やデコルテを覆えなかったので、シュシュで前をキツキツに結んでデコルテをフルガードした。
ちなみにシュシュは幕末のグッズで出たもので、堀川概念をプラスしたくてなんとなく持って来ただけだったが、めちゃくちゃ役に立った。
ついでに、会場内の陽射しについて。
会場であるコニファーフォレスト内では日傘を差せない上に、日中はほとんど日影が無い。今回は全公演16時半開演で、16時を過ぎると日が傾いて日影が増えてくるが、15時台に入場すると恐らくゴビ砂漠状態だろう。私は16時以降に入場したが、そのときの日影具合をメモしておいた。

16:00 後方1/3は日影。前2/3は完全に日向で陽射しが痛い。

16:15 後方1/2あたりまで日影になってくる。

16:30 前方1/3のみ日向だが、かなり日が傾いているので痛いほどではない。トロッコを見ようと後ろを振り向くと西日で目がやられる。
⬛︎サングラス
やはり太陽が近いので、眼への負担が気になる人はあるといい。また上記の通り開演直後は後方から西日が射すので、すぐ後ろに推しがいるのに振り向いたら西日で何も見えない…という事態にならないためにも、あったほうがいい(推しからどう見えるかは考えない)
⬛︎フェイスタオル(1日1枚)
これは過去グッズのタオル。日中はかなり暑く1日中外にいるともちろん大量の汗をかくので、1日1枚はがっつり使う。推しが複数いるのでタオル複数枚持っていっててよかった!
⬛︎ハンディファン
今回の遠征に限らず、もうこの子なしでは真夏に外を歩けない。ちなみに私が唯一持っていてずっと愛用しているのはKAT-TUNのツアーグッズで、風量を3段階に調整出来て、卓上でも使えるようにスタンドも付いている。かつんのグッズはお洒落で高機能で普段使いもできる。ありがとうKAT-TUN、愛してる。
⬛︎虫よけブレスレット
気休めだと言っている人もいるが、私はあり得ないほど効いたと思う。
開演前からブレスレットを装備してのぞんだ初日、目の前のお姉さんの周りをでかめの虫が飛んでいて煩わしそうだったが、私たちのところに飛んでくることは無かった。
二日目「今日は虫がくるな…」と思ったところでブレスレットをしていないことに気づき急いで装着したところ、ぱったりと虫が来なくなった。おまけにいい匂いがするので己の汗臭さをごまかして爽やかに公演を楽しむことができる。
⬛︎休足時間
宿の大浴場でしっかりお風呂につかり、休足時間。園内を歩き回った翌日でも、このコンボで完全復活を遂げられた。
余談だが、すえひろがりの前の週に行ったスキズのライブはMCとIntermission以外はずっと立ちっぱなしで、翌日めちゃくちゃ足が痛かった。その経験があったので脚のケアのことを真剣に考えたのだが、刀ミュは客席降りがあるため座らせてくれるシーンが多いことも翌日の疲れが少なかった理由のひとつのだろう。
⬛︎酔い止めトローチ
高速バスだけではなく宿~会場までの行き来も車や路線バスのため、乗り物酔いしやすい身には必須オブ必須。直前にコンビニで調達したトローチタイプを持参したが、乗る直前に舐めはじめてもよく効いた。おかげで高速バスの中でひたすらグッズ譲渡ツイートを検索していても全く酔わなかった。
使わなかったもの
⬛︎日傘
フード付きタオルしか勝たん(2回目)
会場内では傘は差せないし、園内を探索する際も、炎天下のコラボフード列に長時間並んだり写真撮影でスマホを構えたりと両手が空いた方が楽な場面が多く、結果として日傘はほとんど使わなかった。
⬛︎レインポンチョ上下、撥水ジャケット
野外ライブ最大の懸念点といえば雨だが、今回は完全に杞憂に終わった。よかった~~~!でも一応用意したものをメモ。
荷物を背負った上から着られるのでポンチョがいいという野外経験者の意見を取り入れ、家にあったポンチョを持参。足元ノーガードだと大雨にあたったときが怖いので、チャックで開いて靴を履いたまま履けるレインパンツを別途ベルメゾンで購入。求めていたタイプのレインパンツがちょうどセールになっていたため、格安でゲットできた(販売終了しているようで商品ページ見つからず)
これとは別で、家族が持っていたモンベルの撥水ジャケットも持参した。レインコートを着るほどでもない小雨の時はこちらを着ようと思っていたが、1滴も降らなかったのでやはり使わず。
⬛︎ビニール袋類
荷物をまるごと入れられるごみ袋×2,3枚、レジ袋数枚、ジップロック大小×10枚くらい。主に雨天時に荷物の浸水を防ぐためのものだったので使わず。ゴミ袋は、地面に直接荷物を置くのが気になる場合は有用だが、コニファーは地面が土ではなくコンクリートなので必須というわけでもない。
ただしレジ袋は、使い終わった汗拭きシートや園内で飲み食いした後のゴミなどをまとめておくのには重宝した。
⬛︎着替え
ガチの大雨に備えて、ロンT、ズボン、下着と全身一式を圧縮袋に入れ持参。2日目も降りそうになかったので、手荷物から外し宿に置いていった。
しかしあの会場、豪雨に降られて着替えるにしてもどこで着替えればいいのか…会場前の公衆トイレは散々らしいので使いたくない。考えていたのはふじやま温泉に逃げ込むこと。お迎えの待ち合わせ場所からも近かったため、豪雨&極寒に見舞われた場合は一旦温泉で温まろうかとも思っていた。でもいざその状況になったら、きっとみんな同じことを考えて温泉に直行するだろうな…着替えるだけならおそらく自家用車勢しか勝たん。
欲しかったもの
⬛︎アームカバー
ガチで欲しかった。長袖シャツにフード付きタオルで直射日光を浴びることは避けられたが、アームカバーがあればもっと快適だったかもしれない。とはいえ根本的に日中は気温が高いので、実際に付けたら暑そうではある。
服装
昼夜の寒暖差が大きいということだったので、脱ぎ着して温度調節できるようにシャツを羽織るスタイルをベースに、Twitter(X)で情報収集し評判の良かったものを抑えた。ワークマンが本当に優秀。スタイリッシュで安くて強い。
⬛︎ワークマン撥水スキニー
WEM112 レディースウィモーション撥水レギンスパンツ | ワークマン公式オンラインストア
雨に降られた場合は足元の冷えが怖いので、撥水加工のボトムスを狙ってワークマンへ。園内ではかなり歩くだろうし、上からレインパンツを履くことを想定し、スキニーを購入。購入後試しに水をかけてみたところ撥水はバッチリで、ユニクロのレギパンほどではないにせよデニムよりはストレッチも利いて、当日も快適に過ごせた。
⬛︎モンベル速乾インナー
これもX情報を元に買い求めたもの。今回用意した野外向け装備の中でこれが一番高い。ガチでよかった…!
一日中炎天下の屋外に居ても汗による不快感は全く感じず、日が落ちて涼しくなってからは身体が冷えることもなく快適に過ごせる。値は張るけれども、「快適に過ごしたければインナーに金をかけろ」という有識者の言葉を信じてよかった。
⬛︎トップス:ノースリ+羽織シャツ
先述の通り、着脱できるスタイル。ほとんどシャツ着っぱなしだったけれど、昼間はさすがに暑かったのでシャツを脱いでノースリ+フード付きタオルでも過ごした(フード付きタオルしか勝たん)(3回目)
メンカラが白の推しとほぼ黒ずくめの推しに合わせて、白シャツと黒のシアーシャツ。黒のシアーシャツはもともと持っていなかったが、着ている人を電車で見かけて「ミュ水心子概念…!」と思ったのでわざわざ買った。普段からモノトーンを着がちなので、白(または紺)の推しと黒の推しは大変助かる。
⬛︎厚底スニーカー
コニファーと翌月のスキズ東京アプグレ(アリーナ確定)のために、3センチくらい盛れるPUMAのスニーカーを購入。白地に紺・赤が入っている堀川概念スニーカーに出会ってしまって即決。メッシュ生地ではなく雨にも強そうで、更に撥水スプレーをぶっかけた。
履き慣れていない靴で遠征して失敗した過去があるので(これもらぶへす2018)事前に何度か履いて慣らした。若干ハイカットなので、初めて履いたときは足首えぐれるかと思った…柔らかくしたうえで、当日はスキニーの裾をINして履いたらかなり快適だった。
6528 レディース防水サファリシューズ | ワークマン公式オンラインストア
スニーカーとは別に、Xで評判だったワークマンの防水サファリシューズも購入。ただ、履き慣れないレインブーツで遠征しかも山に行くのは抵抗があり、前日の時点で雨予報も出ていなかったので持参せず。すえひろがりでは出番は無かったが、翌週に行ったディズニーランドで豪雨に見舞われた際に大活躍した。
固めの素材だが、クッションの利く分厚い中敷きを入れればかなり歩きやすく、水たまりができるレベルの大雨でも一切靴に浸水せずに済んだのでこれもかなり優秀。
天気
1週間ほど前の時点で私たちの滞在期間(9/18~9/20)はどの日も晴れ予報。気温は20~29℃、降水確率は20~30%。前日の時点でも晴れ予報はぶれなかったため、レインシューズは装備からも荷物からも外すことに。
当日の現地はたしかに寒暖差はあったが、夜めちゃくちゃ寒いというわけでもなかった。昼は30℃前後、夜は20℃前後で、ノースリーブに薄手のシャツで一日過ごせた。
予報では関東地方の一部を除き全国でゲリラ豪雨の可能性はあるとのことだったが、この時期、ゲリラ豪雨のリスクがあるのは全国どこにいても同じだろう。これはお世話になった宿の方に聞いた話だが、あのエリアはゲリラ豪雨は少ないのだそうだ。
さいごに
初めて行く土地、しかも山の中で、ほぼ初めての野外ライブ。おまけに近年は秘めたる雨女の力が遠征限定で解放されることが多く非常に不安だったが、準備を進めていく中で不安要素を極力排除していき、結果的に当日は思いっきり楽しむことができた。遠征経験値も上がったように思う。
ただし、これも天気に恵まれたイージーモードだったからこそであり、実際に同公演期間中雨天で決行された日もあった。自分が雨天にあたっていたとしたら、あの装備で十分だったのかはわからない。それでも、自分の不安を解消できる程度には用意をしたので、もし今後また野外公演にのぞむ際は今回の装備を流用できるだろう。とはいえ、できれば雨天公演参加経験値は一生上げたくない。
思い出深い楽しい遠征になって本当に良かった!

*1:超局地的な情報だが、忍びの里エリアの駅に近い方の入り口(あうんの門ではないほう)付近が比較的電波が入りやすかった。
初野外ライブ・富士急コニファーフォレスト遠征記録 前編「事前準備編」
随分前の話になってしまうが、
「ミュージカル『刀剣乱舞』 ㊇ 乱舞野外祭」
むっちゃ楽しかったあああああああ!!!
という感想を語り始めると止まらなくなるので、本編と感想には一切触れない。本ブログでは、いつかまた何かの現場で彼の地を訪れることになった時のために、今回の遠征の準備と経験を2回に分けて記録しておく。
富士急滞在中は常にお天気に恵まれ、現地で関わった方々もいい方ばかりだったおかげで困ることもほとんどなく、結果としてはめちゃくちゃ運が良かった。しかし、それまでの私のスペックはこんな感じ。
- 富士急未経験。もちろんコニファーも未経験。
- 野外ライブは何度か経験あるものの、どれも市街地のスタジアムで晴天。
- 遠征はほとんど新幹線・飛行機移動で、高速バスはほぼなし(乗り物酔いしやすいため)
おわかりいただけただろうか、この心許なさ。遠征や旅行は計画立てて不確定要素を極力排除して行きたいタイプだが、今回は全部ほぼ未経験+不確定要素が多い環境ということでかなり心配だった。野外現場・初めての土地への遠征において特に心配だったのは天気、移動手段(地理)。
今回の遠征計画において最も重視したのは、排除しきれない不確定要素に対していかに対策を講じておくかということだ。
今回は「事前準備編」として、宿・移動手段の手配と、ライブ応援グッズの防水対策についてまとめる。
宿・バス手配
オフィシャルツアーに敗北する
4月24日:オフィシャルバスツアー・宿泊プラン販売決定
公演5か月前、出演者が発表になった段階でオフィシャルバスツアーと宿泊プランが販売されることが同時に発表された。通常の遠征なら、日程が発表されたら自分たちの旅程を決めチケット申し込みより先に宿を抑えるところだが、「グッズ付きのオフィシャルツアーがあるならぜひそれで行きたい!」ということでこの段階では動かなかった。
後々のことを考えれば、保険をかけて自力で先にホテルを取っておくべきだった…
付近の宿は公演期間発表から日が経てば経つほど埋まっていく。加えて元ホテルスタッフ目線で言えば、イベント事が決まると付近のホテルは遠征客からの需要が高まるため料金が爆上がりしやすい。「なんかこの日予約増えてる!近くで何かイベントがあるんだ!料金上げよう!」とホテル側が気付く前に予約するのがベストなのだ。今回も公演2か月前には、すえひろがり期間内の富士急周辺のホテルは満室か、高級温泉旅館クラスの料金の宿しか空きが無かった。
7月3日:オフィシャルツアーのプラン発表
正直この段階では詳細はほぼわからなかった。ホテル送迎付き宿泊プランもあることはわかったが、そもそもどのホテルに連れていかれるのかもわからない程度の内容なので、事前に「行きのバスは○○発のこの便で、ホテルはここを狙おう」といった目星もつけられない。バスツアーの料金はわかっており当然ながら普通の高速バスよりも割高だったため、バスツアーは諦め、宿泊プラン予約一本に絞りチャレンジしようということで同行者との話はまとまった。
7月8日:公演チケット当落発表
今回はいつものツアーのような都市開催ではなくおまけに野外ということもあってか、チケットはかなり取りやすかった印象。真剣乱舞祭2022は最速先行全滅で絶望したものだが、今回は外れている人をあまり見かけなかった。実のところ、今回はチケットより宿と足を確保する方が大変なのだとわかるのは、この2日後のことである。
7月10日:オフィシャルツアー予約開始
1週間前のプラン解禁ではほぼ全く全貌の見えなかったプラン内容が、予約開始と同時にHPで発表される。
ここからは公式への愚痴。今回のオフィシャルツアー以外の通販等何にでもいえることだが、ラインナップの詳細発表と販売開始を同時にするな。
先述したように、事前に詳細まで発表しておいてくれれば品定めした状態で購買戦線に挑めるが、販売開始と同時に詳細発表ではそれができない。更に、この手のネット通販では販売開始と同時に多くのユーザが一気にHPに押し寄せあっという間に鯖落ちするのが常である。そうなってしまうと、ラインナップを見ることすらできない。1週間前に解禁した情報なんぞほぼほぼ意味が無かったのだ。
そんなわけで、ようやくプラン詳細が見られるようになって目星をつけた頃には、該当の日程は全ホテル満室。見事にホテル争奪戦には敗れた。
宿、会場~宿の移動手段の手配
もうこうなったら自力で宿を抑えるしかないのだが、先述の通り、富士急周辺の数少ないホテルは既にどこも満室。空いていてもかなり割高か、会場から離れた山奥にある。オフィシャルツアー争奪戦に敗れた時点で宿探しを始め、かろうじてバスを乗り継いで移動できそうな場所で破格の宿を偶然見つけて抑えたが、この時点では暫定的だった。
そもそも、私がどうしてもオフィシャル宿泊プランを抑えたかった理由の一つが会場~宿の間の移動手段を抑えるためだった。市街地ならまだしも、初めて行く土地の山道を女性だけで夜遅くに歩くのは無理がある。ここが大きな不確定要素だった。
「それならタクシーを使えばいい」と思われるだろうが、私に言わせればタクシーで不安要素を補うことはできない。
2018年の乱舞祭の時のことだ。初日の会場はサンドーム福井だった。あそこは最寄駅の鯖江からかなり歩かされるので、終演後も多くの客がタクシー乗り場に並んでいた。
しかしそこは福井。東京のように次から次へとタクシーが来て客を回収していくなんてことは無く、そもそもタクシーの台数が少ないため長蛇の列に対してタクシーが足りないのだ。体感としては10分に1台くらいのペースである。下手したら同じタクシーが会場と鯖江を往復し続けていた可能性すらある。
まったく進まないタクシー列に並んで1時間ほど無駄に過ごした記憶がある(多少話盛ってるかもしれないけど、日本海側の11月はそれなりに過酷だった)
富士急は観光地なのでそこまでではないかもしれないが、地元のタクシー事情が分からない以上、同様の事態を想定するとタクシーに移動手段を頼るのは不確定要素への保険としてはやはり弱いので、極力使いたくないのだ。
しかし、これは本当にラッキーでしかないのだが、暫定的に抑えた格安の宿が観光地への無料送迎サービスを行っており、ダメもとで聞いてみたところ終演後の会場へのお迎えを快諾してくれたのだった。これで宿に加えて会場と宿の間の移動手段も確保。一向に来ないタクシーを待ったり山道を歩いたりする心配がなくなり、心底安堵した。
お世話になったのはご夫婦で営まれているペンションで、メールや電話で送迎の打ち合わせをしていただいた他にも、より宿泊費を安くするためにGO TO利用を勧めてくださったりと、とても良くしていただいた。お宿自体にも朝食サービスや貸し切りで利用できる大浴場まであり、大変快適な滞在だった。また富士急に行くことがあればぜひ利用したい。本当に感謝…今後予約が取れなくなると困るので、一緒に遠征する友達か現場が被らない友達以外には教えないことに決めている。
高速バス手配
こうして宿、会場→宿の移動手段は無事確保した。あとは富士急への高速バス移動だ。
公式アプリ経由 往復バス+富士急ハイランドフリーパスセット
少し調べると、富士急ハイランドの公式アプリで往復バス+富士急ハイランドフリーパスのセットが、1か月前から買えることが分かった。販売開始日になった瞬間にアプリで残席を確認したが、みんな考えることは同じなようで公演初日の東京駅発の便はあっという間に完売。公式アプリからの手配も諦めることとなった。
後になって気づいたのだが、富士急ハイランドはアトラクションに乗る際にチケットもしくはフリーパスが必要になるが、入園自体は無料だ。私も同行者も絶叫系は得意ではなくアトラクションに乗る意欲はほとんど無かったため、実はフリーパスすら不要だったのだ。下手に買わなくてよかった。
高速バスネット
公演初日分のフリーパスセットがほぼ完売した時点で、購買戦線にあぶれた人たちが高速バスネットに照準を定め直したようで、こちらもちょっとした争奪戦が起こっており、同行者と同じバスは取れたが隣同士の席にはできなかった。渋滞に巻き込まれる可能性があるので、時間に余裕を持って開演3時間半前着予定の便を抑えた。これ以上早いと朝弱々の民には辛い。尚、争奪戦に参加したのは往路のみで、帰りは平日の夕方発の予定だったため1週間前でも余裕で2連番で取れた。
しかも高速バスネットで取ったこの往路のバスが、幸運にも刀ミュコラボバスだったのだ!


乗客もほとんど審神者だったので乗車列を作りつつみんな撮影しており、テンション爆上がりの出発となった。オフィシャルツアーではこのバスには乗れないらしく文句を言っている人も見かけたが、あの予約戦線に敗れて自力で手配してるんだからこれくらいのご褒美は許してほしい。
最終的には宿、会場と宿の間の移動手段、高速バスを、最安値且つ極限まで不確定要素を排除する形で手配することができた。
オフィシャルツアーはグッズが付くといった特典はあるもののやはり全体的に割高で、ホテル送迎に関しては時間的制約も大きいので(終演後1,2時間以内にバスに集合しなければいけない、早朝にバスに乗せられ朝一のコニファーフォレストに置いていかれる等)結果的には自力手配が最良だった。もちろん、自分でそこまで手配できないという人にとっては、もろもろの手数料込みでオフィシャルツアーも有用だと思う。販売方法はもっと考えてほしいけど。
応援グッズ防水対策
野外ライブの大きな懸念点といえば、雨天時の各種防水対策だろう。前編では特にうちわ・ペンライトといった応援グッズの防水対策について記録する。
うちわ
団扇の防水対策については、タワレコのうちわケース(片面がつや消しのもの)と、同じくタワレコのうちわ用PP袋を併用。
タワレコ うちわキャリーケース
うちわケースだけで十分という声もあったが、商品説明には「完全防水ではない」と書かれている。上部が防水仕様ではないただのチャックなので、ガチの大雨になったら間違いなく浸水するだろう。更に1枚あたり800円するので、何枚も団扇を持ち込むタイプのおたくには結構高くつく。
タワレコ うちわ専用PP袋(10枚入り)登場! - TOWER RECORDS ONLINE
その点、タワレコのうちわ用PP袋は10枚入りで660円と非常に安い。面だけではなく柄まで覆うことができ、糊も付いている。閉じ方を工夫すれば防水対策としては心強そうだ。
最終的には、一番よく使う最推し2振り分のうちわはPPの上から更にケースに入れ、それ以外はPP袋のみとした。PP袋は上部が四角くなっているためケースに収まるように、写真のように上部に切り込みを入れ折り込んでうちわの形に沿わせるようにした。


最推しのうちわを二重にカバーしたした理由としては、こだわって作っていたりたくさんファンサをもらったりした思い出たっぷりの大切なうちわなので絶対に濡らしたくないということと、つや消しカバーによってPP袋表面の反射を防ぐ目的がある。
刀ミュのうちわルールとして、反射しやすい素材はNGとされている。しかし100均などで売られているうちわカバーはほとんどが表面がつるつるで、つや消し素材のものはタワレコくらいでしか見つからなかった。この防水・反射対策を通して、近年の推し活ブームでこうした商品が充実してきているのは有り難い一方、あともう一歩踏み込んで現場の実情を知ってほしいと思った。
ここまで準備したが、結局雨には一切降られず、つや消しケースは全体的に文字がぼやけてしまうので、2公演めの途中でケースもPP袋も外してしまった。
余談だが、うちわをケースに入れたことで多少雑に扱っても壊れないという副次的な利点もあった。特に今回は雨対策のためのレインコートなど、いつもの現場より荷物が多くバッグの中がぐちゃぐちゃになりがちだったため、文字がはがれる心配をせずにうちわをバッグに突っ込めるというのはそれだけでストレス軽減になった。せっかく買ったので今後も活用しようと思う。
ちなみに、コニファーが広すぎてうちわ持って行っても無駄かと思われたが、結果:大優勝!
今回は客席降り・ミニステージ・フロート全部ありだったため、後方ブロックでも男士たちが近くに来てくれた。フロートもかなり高さがあるので、埋もれでもちゃんと姿は見える。
そしてさすが野外、陽があるうちは客席が明るくキャストからもよく見えるので、埋もれでもうちわがよく見えている様子だった。ミニステージや通路から距離のあるブロックど真ん中でも、横のミニステージに来た子に向けてうちわを見せていればしっかり反応してもらえた(いまちゅるちゃんスペックなので全員に可能というわけではない)
ペンライト
最後にペンライトについて。防水対策として、野外経験者の友人から100均のキンブレケースをもらった。結局使わなかったが、鍔()部分が六角形になっている刀ミュ本公演のものも普通に入った。

祭りの変形型や最近流行りのハート型のものはちょうどいいケースが無いが、普通にジップロックでもいい気がする。
事前準備編はここまで。持ち物・服装も野外公演に向けて準備したが、現地での使用感を含めて後編の「現地滞在レポ編」に掲載する。
正直宿と移動手段の手配が一番大変で公式への鬱憤もたまり、一方現地滞在中は常に快晴で過ごしやすかったため、後編はかなりイージーモードな内容になるだろう。それでは!
罪に殺され愛に生かされる男、ニース・ヤング~『ダーウィン・ヤング 悪の起源』
数年ぶりに広くんの作品についてブログを書けるだけの言語化が済んだので筆を取ったら、記事2本分になってしまった。ということで、今回は『ダーウィン・ヤング 悪の起源』の感想と考察<ニース・ヤング編>。書く書く詐欺しなかったので褒めてほしい。
前回のブログで、ダーウィン・ヤングの世界観と作品テーマについて私なりにひとつの結論をまとめた。
tea-miki.hatenablog.com
今回はその内容を前提・下敷きにしてニース・ヤングという人物を掘り下げていくので、先に前回の記事を読んでいただいたほうが「こいつ何言ってんだ」と思う頻度が2割減くらいにはなると思う。加えて前回の記事同様、日本版ミュージカルだけではなく原作小説と韓国版原曲の歌詞を踏まえた内容になっているのでご了承いただきたい(後半にかけてIQが急下降するのでそれもご了承ください)
ニース・ヤング
罪に殺された少年
ニースは16歳の時、自分の父が12月革命に参加した元反乱分子であるということを親友・ジェイに暴かれ、自分のルーツに関わる父の秘密を守るためにジェイを殺害した。
大人になったらこの怪物は死ぬと思っていたのに
その時間の中に閉じ込められている
僕はこの瞬間も16歳
大人になれない
韓国版原曲『地下室の怪物』より
ニースの台詞にも「僕の人生は16歳で終わってしまった」とある。なぜ彼の時間は16歳で止まってしまったのか。
「青い空」との突然の別れ
大人になることとは、純潔で平等な子供の精神を利己的精神=大人の精神が淘汰していくことだと、前回の記事で結論付けた。そもそも純潔で平等な倫理観の喪失とは、何も殺人のような決定的なものには限られない。子供の頃は考えもしなかった悪いことをしたり、逆にいいことをできなくなったり、大人になれば誰もが経験したことがあるだろう。電車で人に席を譲ろうとしても「断られたら恥ずかしい」などと考えて動けなかったり、ジェイとバズのように、人に嫌味やいじわるを言ってしまったり。それは経験からくる自己防衛とも言える。大人の精神を獲得するとは本来そんなことでよかったのだと思う。
ニースとダーウィンの場合、それが殺人という極端なものになってしまった。もしかすると、彼らは純粋すぎたのかもしれない。
ジェイは、「入試にわざと失敗した」と見栄を張るバズを疑っており、一方のバズはジェイの家庭の事情を知り、弱みを握ったかのように嫌味を言っていた。16歳ならこれくらいの嘘や疑い、邪心を持っていておかしくない。
だが、ニースはどうか。彼はバズの嘘もジェイの嘘も信じており、なんなら大人になった今も、ジェイは自らの意志でプライムスクールを辞退したと信じている。ジェイは幸運に恵まれていて何不自由ない人生を送っていたと思い込み、彼が心に闇を抱えていたことすら知らずにいる。ダーウィンもダーウィンで、階級制度の在り方に純粋な疑問をぶつけたりするところは、自分の出自を鼻にかけるクラスメイトとは違った素直さが見て取れる。
彼らはあまりにも純粋すぎたのだ。16歳になるまで、先に述べたような小さな悪事や罪悪感に一切関わったことがなかったのかもしれない。だからこそバズやジェイのように、秘密を知られてしまった相手の弱みを握り返してやり返すという方法を知らなかった。
『プライムスクール』の表現を借りるなら、本来なら人間は大人になる過程でだんだんと「青い空」から遠ざかっていくのに、ダーウィンとニースは、青い空の下を無邪気に駆ける時分に決定的な罪を犯したことで、そんな自分の世界とにわかに決別し「濁った空」の下を歩まざるを得なくなったのだ。
友との絆
ニースとダーウィンは、自分の家族の人生を覆しかねない秘密を守るために殺人という罪を犯した。ダーウィンの場合、それによって自身の純潔な倫理観を利己的精神が淘汰し、大人の精神を獲得するに至っているが、ニースは未だ純潔な倫理観を持つが故の罪悪感に囚われ、大人の精神を獲得できずにいる。両者の違いは何なのか。
それを解き明かす鍵は、他ならぬあのフードにある。なぜニースはフードを捨てなかったのか。これを疑問に思った人は多いだろうし、明確な理由は語られていない(と思う。見落としてたらごめん)が、私としてはなぜ捨てなかったのかは正直問題ではない。重要なのは、フードがニースにとっての何なのかである。『怪物』の曲中、ジェイの幻影がニースに向かって言う「フードは僕との絆(呪い)」というのがそのままこの答えだと私は考えている。
それでは、ダーウィンの場合はどうか。
原作では、レオが骨董品交換会でダーウィンにあげるのは遊園地の期限切れのチケットだった。その後しばらく登場しないが、物語終盤、クリスマスの休暇前に寮の片付けをしていた際ポロッと発掘されたそれを、ルミに憧れるきっかけとなった彼女の写真と併せて、ダーウィンが大事にポケットにしまう描写がある。ところが、レオのお葬式で、ポケットに入れたままになっていた写真とチケットを見つけたダーウィンは、チケットをあっさりと捨てて地面に踏みつける。そばで見ていたルミが思わず顔を顰めるほど杜撰な扱いだったという(ちなみにルミとはこの時から付き合い始める) つまり、チケットはレオとの絆だったのだ。
フードとチケット、二つのアイテムに象徴されるそれぞれの友との絆を断てたのかどうかがダーウィンとニースの最大の違いである。子供の頃の純潔な倫理観を捨て親友との絆をも断ち切ったダーウィンは罪悪感から解放され大人への一歩を踏み出し、フードを捨てられなかったニースはジェイとの絆を断つことができないまま罪悪感の牢獄に閉じ込められているのだ。
育たなかった大人の精神
ジェイを手にかけるまさにその時のニースの目には一切の迷いも苦しみもなかった。前回のブログで述べたように、この時のニースの中には利己的な精神が芽生えており、別人格に操られるようにして犯行に及んだのだと私は見ている。ダーウィンの場合は、最終的にこの利己的な精神が純粋な精神を淘汰し大人の精神へ進化しているが、ニースは純粋な精神と罪悪感を持ち続けているが故にこの利己的な精神が育たないでいる。もしくはこの利己的精神そのものが彼の言う「怪物」で、自己の中に芽生えた「怪物」をフードに宿るもののように見立てて地下室に閉じ込めて封印しようとしたせいで、彼の大人の精神は育たず、16歳の純粋な精神のまま罪悪感を捨てられなくなったのかもしれない。
いずれにせよ、淘汰されるはずだった16歳の純粋な精神だけが、まるでゾンビのようにニースの中に残ることになった。まさに「生きながらにして死んでいる」状態になったのだ。『怪物』のシーンで彼はフード(に宿った怪物)に向かって「ジェイが死んだ日にお前も死んだんじゃないのか?」と問うが、死んだのは子供の精神であり、利己的な大人の精神を獲得しない限り怪物は何度でも蘇るのだ。*1
ネクタイの意味
ニースはほとんどのシーンでスーツにネクタイを締めている。おかげさまでビジュアルが最高によいということを抜きにしても、ネクタイは本作の重要アイテムである。
身分の象徴と自覚
「私はネクタイを締めたことがない」というラナーにニースは「あなたはそんなことが自慢ですか?」と大げさに噛みつき、ラナーと初めて会ったジェイは「第一地区でネクタイを締めていない大人を見たのは初めてだ」とも言っている。鏡の前でフードを羽織ったニースが「ネクタイや肩書で誤魔化しても、お前にはフードがお似合いだ」と呟いていることからもわかるように、ネクタイには上流階級の証や自覚といった意味があるのだ。
逆に、ラナーがネクタイをしないことの裏には彼が元フーディである過去が見え隠れする。ニースとしては「アンタの正体がバレないように僕が犠牲を払ったのに、それを自慢げに話すんじゃねぇよ」くらいの思いは当然あるだろう。同時に、そんな父親を持つ自分も第九地区にルーツを持つ異分子であり、その秘密を隠すために親友を殺したという爆弾まで抱えている。ニースはネクタイを締めることで第一地区に生きる者の体裁を整え、隠れ蓑にしているともいえるだろう。
ネクタイと親子関係
『ウィンザーノット』の歌詞でも触れられているが、ニースが幼い頃、ネクタイの結び方をラナーに尋ねたが「くだらない」と切り捨てられて教えてもらえなかったというエピソードがある。原作によれば、ラナーはそもそもネクタイの結び方がわからなかったために教えたくても教えてあげられなかったのだそうだ。だが本当のことを言うのは息子に面目が立たないので、厳しい言葉で誤魔化したらしい。言葉にしろ。
原作のニースは、ラナーが第九地区の出身であることを知ったことで彼がネクタイをしない理由に合点がいったようだ。自力でネクタイの結び方を覚え第一地区の大人の模範であろうとするニースからすれば、ネクタイをしようともしない父には疎ましささえ感じるだろう。一方ラナーにとっては、自力でネクタイを結べるようになった息子の姿は「私にできなかったことを全て叶えた息子」の象徴なのかもしれない。
ニースは自分が父にしてもらえなかったことを取り返すように、息子のダーウィンにウィンザーノットの結び方を教える。ネクタイは上流階級としての証と自覚であるという話をしたが、プライムスクールの制服はネクタイではない。つまり、学生はまだ完全な上流階級の大人にはなりきっていない状態なのだ。そんな息子に父がネクタイの結び方を教えるというのは、我が子を立派な大人へと導くことと同義であるが、ニースとダーウィンとっては、第一地区に潜む罪人の擬態方法を継承しているようでもある。そう考えると『ウィンザーノット』が単に微笑ましいシーンには見えなくなってくるだろう。
とはいえ、本人にとってはそんな気は一切なく『ウィンザーノット』は大人になる一歩手前のダーウィンとの愛しい刹那に他ならない。
最初に述べたように、彼は元来非常に純粋で周囲にまっすぐな敬愛の目を向けられる人間であり、それは父になった今の彼の父性の源流でもある。次章では、そんな彼の「愛情」について触れていく。
愛に生かされる男
広くんの役柄が発表された際「教育部長官」「エリート」といったワードと眉間にしわを寄せたビジュアルを見て、出来の悪いを息子をいびる威圧的な父親を想像した。
しかし、劇場で彼の第一声の「ダーウィン!」という声を聞いた途端、その予想は完全に覆された。私はよく広くん自身や彼の演じる人物のことを「誠実の擬人化」や「バフ●リン(半分が優しさでできてる)」と呼ぶ。誠実という概念を擬人化して喋らせたように、温かく、目の前にいる相手にまっすぐに向けられる優しい声。息子を呼ぶこの声だけでわかった。彼は息子を理不尽にいびったりせず、心からの愛情を注ぐ父親だと。
彼は取り返しのつかない罪に苦しむ一面もあるが、自分の息子のことを心から愛し大切に育てている。むしろこの愛情深さこそがニース・ヤングという人物の本質であると考えている。*2 16歳で「生きながらにして死んでいる」状態になったはずの彼を生かしてきたものは彼自身の愛であり、そして今後は、"大人"になったダーウィンの愛にも守られていくのだ。
息子への愛
ニースがここまで生きてきたことにはひとつの大きな目的があった。例の写真をこの世から完全に抹消することである。
原作によれば、ジェイの死後に学校の宿題のためにアーカイブに見学に行った時、ニースは件の写真が国立図書館のアーカイブに保存されていることを知り、アーカイブの管理権限を得て写真を削除することを人生の目標に定めたのだそうだ。猛勉強をして、アーカイブを傘下に持つ文教部に就職を果たし(舞台では教育部に設定変更されている)アーカイブの写真フィルムがデータ化されるタイミングで12月革命に関する写真の機密レベルを引き上げた上、遂に写真を削除したのだ。
アーカイブのデータ化が始まったのはわずか5年前なので、写真の削除に成功したのはそれ以降ということになる。そして悲願を達成したときのニースには、既に新しい生きる意味が生まれていた。それがダーウィンだったのだろう。*3
原作では、自分がジェイを殺害したことをジョーイに口走ってしまったニースは、何もかも投げ出そうとして辞表を出し、妻には子供を堕ろそうとまで言ったという。ニースの妻や結婚の経緯についてはあまり触れられていないが、子供を授かってもなお、彼にとっては己の罪が人生のすべてであったのだろう。現に、生まれたばかりのダーウィンをジェイの追悼式に連れてきたニースは、我が子を抱いて親友の祭壇の前に立ち「ダーウィンは私が犯した罪を贖罪するために捧げる生贄の羊」だと悟ったという。いずれ優秀な子供をもうけたかもしれない親友に代わり、穢れの無い子供を育てることが贖罪になるとでも思ったのかもしれない。
しかし、ミュージカルを見ても原作を読んでも、ニースが常に贖罪としてダーウィンに接しているとは思えない。ニースのダーウィンに対する愛は本物だ。ダーウィンを育てるうちに我が子を守り育てようとする父性も育ち、当初の人生の目的を果たしても尚教育部長官として、父として、彼は生き続けている。
人間は、深い悲しみを抱えていても常に泣きながら生きているわけではなく、時には笑ったり喜んだりしながら生きているものだ。ニースも一面では死を願ってはいるものの、今ではそれだけが彼のすべてではなく、父としての一面が彼に死を選ばせずにいるのだろう。
息子からの愛
他作品だが、『Nのために』という作品に「愛とは罪の共有である」という言葉がある。この作品では、ある事件の現場に居合わせた人々が各々の最愛の人ためにその人が犯した罪を隠そうとしていた。ヤング家もこれと同じで、ラナーの秘密を守るためにニースが罪を犯し、ニースの罪を隠すためにダーウィンまでもが手を汚した。そして父は、自分とヤング家のために我が子が親友を殺めたことを今はまだ知らない。
父の罪を知ったダーウィンは、当初父を自首させようとしていた。しかしそれは、父への愛ゆえではなく父の罪を告発することで自らの純潔を証明する傲慢な行為であり、父を愛するのであれば彼の罪を飲み込んで「赦す」べきなのだと悟る。告発を思いとどまったダーウィンは、自分の人生は父の犯した罪の上に成り立っていることを受け入れ「父を愛さなければ」と思うようになる。そして、ニースが親友を殺害したという秘密を守るために、自分も同じく大切な親友を同じ手口で手にかけた。ダーウィンにとってレオ殺害は「父の罪を共有する」ことと等しかったはずだ。
レオの葬列で涙するダーウィンと、彼を抱きしめるニースとラナー。抱き合う親子の間には大きな認識の差がある。ラナーとニースを抱きしめるダーウィンはもはや父と祖父に守られる子供ではなく、ヤング家の秘密、罪、そして愛を背負う覚悟を感じさせた。ダーウィンにより罪の告発を免れたニースは、ダーウィンの沈黙という「愛」に知らず知らずのうちに守られて、これからも人生を送っていくのだろう。
ニース・ヤングはどこまでいっても根はいい子だった。純粋すぎるが故に取り返しのつかない罪を犯し罪悪感に苦しむ子供の名前が「ニース(Nice)」だなんて、残酷すぎる。*4
愛し愛され、苦しみながら生き続けろ、ニース・ヤング。
広くんのお芝居について
さて、ここからIQが3になります。
もうちょ~~~~~~当たり役だったよねニース・ヤング!!
元々スーツは似合うし、今回は特に、理想の父親としての大きな背中をビジュアル的にも表現するためにかなり身体を作っていたらしい。上等なスーツに厚い身体と広い背中がジャストフィットしていて、第一地区で一番スーツとネクタイが似合う大人だった。間違いない。隠れ蓑どころの騒ぎではない。第九地区がルーツだなんてバレようがないよ完璧だよ。
あと、左の前髪を1,2束残すヘアスタイルもめちゃくちゃ好き。苦しみながらうつむくと、前髪が顔にかかって影を作るようになっている。私もくせ毛だから、湿気の多い時期は髪の毛が言うことを聞かないという広くんの悩みはよくわかるけど、舞台のうえで生きる広くんにかかればくせ毛も言うことを聞く。
ビジュアルの良さをひと通り叫んだので、ここからは主にお芝居の面で好きだったポイントを書き残していく。役者としても一人の人間としても、広くんだからこそできた表現がたくさん詰まっているのがニース・ヤングだった。
年齢の演じ分け、声の深さと太さ
お久しぶりです。
矢崎広の年齢演じ分け大好き芸人です。
こんなに幅広い年齢を演じるのを見るのはひさしぶりだったし、今回特徴的だったのは、時間経過とともにだんだん大人になるのではなく、回想シーンや心理的に子供に戻ったりするシーンがあって、スイッチをパチンパチンと切り替えるように演じ分けていたこと。事前情報で16歳時代も演じるとは聞いていたがあんなに可愛いとは思わなくて、初見2幕ド頭で目ん玉飛び出た。
特に演じ分けが光ったのは、ラナーと二人きりで話すクリスマスのシーン。ジェイの死に縛られていることを、ニースの犯した罪を露とも知らないラナーに責められたニースは「僕が死ねばよかったんだ」と呟く。一人称は普段の「私」ではなく16歳の頃の「僕」に戻り、所在なさげにか細く上ずった声で何度も同じセリフを繰り返す。あんなに広く見えた背中は、嗚咽しながら地面にうずくまると酷く頼りなく小さく見えた。年齢演じ分け大好き芸人には堪らなかったし、あれを見て「矢崎広、やばくね…?」と思った人絶対いるでしょ?いるよね?
広くんの年齢の演じ分けのベースは声だと思う。それも声色というより、声の深さと太さ。
16歳のニースの声は、喉の比較的浅いところから細い息で出しているような音で、あどけなく可愛らしく聞こえる。ラジオで話している時やふざけている時の広くんの声はわりとこっち寄り。逆に46歳の時は、喉を広く開けて深いところから温かい息を吐くような太い音だ。オフィシャルな場で落ち着いてコメントしたり、イケボを出そうとするときの広くんのトーンはこっち。アルトサックスとバリトンサックスくらい息の太さが変わっていると思う(伝われ)
他にも口調や話すスピードなどいろいろな方法で年齢を演出しているんだろうとは思うが、私がいつも感じるのはこうした音の深さ・太さの違いだ。単に音の高低ではなく息の使い方を変えることで、同じ人間が長い時間を過ごし様々な経験を経たことで成長してきたんだということを感じさせる。
私がよく「広くんの"喉"が好き」と言うのも、広くんのこうした表現方法が好きだからだ。昔ラジオに「喉が好き」というメールを送った際は「声じゃなくて喉なの?w」と本人に笑われたが、声そのものだけではなくそれを操る喉から好きなので「喉が好き」以外に表現のしようがない。
あ~~~~~~久しぶりに声優仕事来ないかな~~~~~~~~~~~~
ちなみに、年齢演じ分け大好き芸人のベストセレクションは、ミュージカル『JERSEY BOYS』と朗読劇『ラヴ・レターズ』。どちらも一人の人間の40~50年分の人生を演じており、10代の可愛らしいぼっちゃん時代から、スーツの似合うナイスガイを経て、落ち着きと貫禄のあるイケオジへの進化を遂げる。
どちらも円盤化していないし再演も微妙なところなのが残念。他にも幅広い年代を演じる作品はあったと思うが、現地で見て「これはやべえ」と思ったのはこの2本かな。
お芝居とシームレスな歌
韓国ミュージカルは思いを爆発させて叫ぶように歌いがちだそう。だとしたら韓国ミュージカルめちゃくちゃ合ってると思うよ!
『ダーウィン・ヤング』は楽曲も難しくテクニック面でかなりレベルの高いことをしていたはずだが、それでもお芝居がおろそかになることなんて一切なく、秘めた気持ちをさらけ出して歌うという表現が、役のフィルターを通して感情を露出できる広くんのお芝居にベストマッチしていたと思う。
どの曲もよかったが、忘れられないフレーズがこれ。
大切な友達を殺して
涙流した 夜が明けるまで
僕だけじゃない
『青い目の目撃者』
「大切な友達」「殺して」「涙流した」よ?ワンフレーズごとに襲い来るカタストロフィ。
表情は苦しげでありつつも、張りのある声で正確に音を当ててくるので、無駄な心配やノイズを感じることなく歌詞と心情を受け取ることができて、全要素が胸をえぐってきた。単に綺麗なだけの声ではなく、歌に苦悩が滲み出ていた。お芝居の中で歌うってこういうことだよな…
私はミュヲタではないし技術的なことは正直わからないが、歌唱技術よりもお芝居を重視しているので、こうした芝居っ気の強い歌を聴かせる役者がやはり好きだ。情けない男を演じる矢崎広は天下一品なので、劇中9分9厘苦しんでいるニース・ヤングはまじのフルコースだった。一生悩み続けてほしい。
父親を演じる
広くんのお父様の話は本人もよくしているし、このブログでも一回書いた。
tea-miki.hatenablog.com
↓これは一生忘れられないモマのカテコでのご挨拶。
【モマ*0112夜】 →
— お茶 (@socha__desuga) 2020年1月12日
矢崎「僕の言動は父と母から受け継がれていて、父は僕の中で生きている。『バトンタッチ』されたんだなって。僕が一生懸命生きればいいんだと、父の死に関してすごく楽になりました。この作品を観て、死に関してトラウマを感じている人が楽になればいいなと思います」
モマ初演→再演につづく本作で、父親という存在をフィクションで表現することに関してまた一段階上のものを見せてもらった気がした。父親を演じるにあたって意識したこととして、理想の父親像を自分の父親に重ねたそうだ。お父様とお母様から受け取ったバトンをしっかり握って、自分自身も年齢を重ね、今度は渡す側を演じる。ああ見えてプライベートは結構謎な人だが、こうして出演作を追うことで、広くん自身の人生を見せていただいている気がする。
次回出演作のお知らせ
ここで矢崎広さんのおたくからお知らせです(何故)
広くんの次回出演作は朗読劇。『シャーロック・ホームズ』が原作のリーディングシアター『四つの署名』。
toei-stage.jp
沼の淵に立って「朗読劇か~…ミュージカルや演劇じゃないなら別にいいか」と思っているそこのあなた。
あまあまのあまぴろかよ。
矢崎広の朗読劇は最高だぞ。
広くんの朗読劇は単なる朗読には収まらない。座って台本を広げて「読む」のをイメージしているなら大きな間違いだ。広くんの朗読劇は、椅子に座っても台本を手に持っていても、そこに完璧に役として存在し「生きている」のを見せてくれる。むしろ、身体表現を制限されている分演技力で見せてくれるため、繊細で重厚なお芝居を見ることができる。
前回のリーディングシアターを見るに、今回もホームズとワトソンの会話をベースに物語が展開するのだろう。広くんは複数の公演に別のペアで出演するので、どこかで一度はホームズ役をやると思う。探偵役は無条件で優勝である。
広くんは年に1本ペースで毎年ほぼ必ず朗読劇に出演する。精力的に出ている方だと思うし、この事実だけでも広くんの朗読劇への力の入れようは伝わるだろう。ニース・ヤングを見て彼のお芝居に興味が出たという方がいれば、朗読劇は絶対に観ておくことをお勧めする。
久しぶりに広くんの出演作について感想ブログを書いた。普段はなかなか重い腰が上がらないが、「この興奮が冷めないうちにタッパーに入れて冷凍保存して、見返すたびにいつでも思い出せるようにしなければ!」という衝動に駆られるほど素晴らしい作品・役だった。観劇して、原作読んで、考えを深めて、また観劇して答え合わせして、新たに広くんのお芝居に気付かされて…とても充実した1ヶ月だった。
反響も大きく制作側も手ごたえを感じているというような話をちらほら聞くので、絶対に再演してくれると信じてるよ!
*1:前回のブログで述べたように、階級制度による格差を黙認したり下位地区の人々を度外視しようとする点ではニースも大人の精神と価値観を持っているので、彼自身が大人になれていないというより、ことジェイの死に関する事柄について精神の進化が縛られているのだろう。
*2:未だ罪悪感に苦しんでいるのも、ジェイとの絆を捨てきれない彼の情の厚さからではないだろうか。
*3:写真を削除し秘密を守ろうとしたことは父・ラナーへの愛からではないかとも思いたいが、それは父への愛というより、父の秘密が明るみになることで自分が社会的に没落することへの対策の意義が大きく、また原作ではニースはラナーのことを明確に「憎んでいる」という記述もあるので、「父への愛のためである」と一概に片付けられない。
*4:ニースの名前は、両親の新婚旅行先の地名から取られたらしい。
罪によって子供は大人になるー『ダーウィン・ヤング 悪の起源』
推しである矢崎広さんの出演をきっかけに観劇したミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』。広くんの出演作はハズレが無く基本的にはどれも当たりだが、今回は大当たりも大当たりだった。
今勢いのある韓国ミュージカルを元に、演出はあの末満さんで、広くんのお芝居も最高(広くんが演じたニース・ヤングに関してはまた別にブログ書くつもり)
解釈の余地のある物語には、観るたびに気づきがあり、観劇して気づいたことを深めて考え、次の観劇で答え合わせをするのがとても楽しかったし、今もまだ考えている。
今回のブログで、私が考えた「ダーウィン・ヤングの悪の起源」と本作における「罪を犯す」ことの意味をまとめておく。
<注意>
- 既に2023年の全公演が終了しているので気にする人はいないと思うが、めちゃくちゃネタバレしている。これから原作を読む方や、数年後再演が決まりこれから初めて観るという羨ましい人がいれば、ご注意いただきたい。というか再演してくださいお願いします。
- 触れたメディアは、日本で上演されたミュージカル本編とそのパンフレット、原作小説、そして韓国版の原曲の歌詞。ブログ内容には小説と原曲の歌詞から引っ張ってきたものを含んでおり、日本版ミュージカルでは描かれていない背景や描写を踏まえて考察しているので、ミュージカル単体と言うより『ダーウィン・ヤング』という世界観に関する考察になっている。
- 韓国版の歌詞の訳を引用しているが、翻訳アプリと勉強中の乏しい知識でちまちま訳したものなので、細かい文法の間違いには目を瞑ってほしい。
- あらすじ等ストーリーの紹介は省くので、こちらを参照のこと。シアタークリエ ミュージカル『ダーウィン・ヤング 悪の起源』
「ダーウィン・ヤング"の"悪の起源」?
初めての観劇後、韓国版のサウンドトラックなどは無いものか調べようと韓国語で検索してみたのが最初だった。
現在勉強中の拙いハングルで「다윈 영(ダーウィン・ヤング)」と検索したところなんとかヒット。韓国版のタイトルは『다윈 영의 악의 기원』。韓国語と日本語は文法的にかなり近いので、タイトルも韓国と日本でほぼ同じなのだが、よく見ると違いがあることに気づいた。
韓国版をそのまま訳すと『ダーウィン・ヤング"の"悪の起源』となり、日本版タイトルには無い「の」にあたる助詞が入っている。微々たる違いに思えるが、私には見逃せなかった。『ハリーポッター"と"賢者の石』とか『チャーリー"と"チョコレート工場』とか『矢崎広"の"よるステ!』とはワケが違う。
「ダーウィン・ヤング」と「悪の起源」を独立させて見れば、一般的な「人間の悪の起源」と捉えることもできるが、「ダーウィン・ヤングの悪の起源」であれば、ダーウィン・ヤングという一個人の人生における「悪の起源」に関する物語ということになる。
これに気づいてまず思い出したのが、本編ラストシーン。
父の過去の罪を隠すため親友のレオを殺害したダーウィン。最後はレオの墓の前に立ち、不気味な笑みを浮かべていた。これを見て脳裏に浮かんだ言葉はズバリ「地獄開幕」。ヤング家の罪の歴史を隠すため数々の罪を重ねる巨悪と化すダーウィンの未来が見えたような気がしたのだった。だとすれば、ラストシーンのこの瞬間こそが「悪の起源」なのでは…?
タイトルひとつ取っても、韓国版と比較することでこれだけ考えが深まる。それなら、韓国版の歌詞と比較すれば、日本語訳詞だけでは見えなかった角度からの解釈を得られるのではないか。その先に「ダーウィン・ヤングの悪の起源」とは何を指すのかの答えがあるのではないか。
そんな好奇心から、韓国語の勉強がてら辞書アプリ片手に、ネットに転がっていた韓国版の歌詞を読み解くことを始めた(韓国語の勉強としてもめちゃくちゃ有益だった)
3曲の歌詞から見えてきた、罪を犯すことの意味
ここからは韓国版の歌詞と原作の描写も踏まえて、「罪を犯す」ということが人間にもたらす作用についてどのように示唆されているか読み解いていく。韓国版の歌詞と日本語訳に特に違いが見られた3曲を取り上げて進めていく。
『プライムスクール[1]』罪を犯すことで人間は完成される
美しい旋律と、情景が浮かぶような歌詞で一瞬にして観客を引き込むM1、その名もズバリ『プライムスクール』。どうしてこの曲のタイトルが『プライムスクール』なのか最初は疑問だったが、この歌詞の一部はもともと原作において、プライムスクールのドキュメンタリー番組のためにバズ・マーシャルが書き綴った文章だった。
プライムスクールのみならず、『ダーウィン・ヤング』という作品の世界観とテーマがこの一曲に詰まっている。よって情景は美しく聞こえるが、実はかなり救いようのないことを言っている。
注目したのは2番のサビにあたる部分。まずは日本語訳。
誰も教えてくれない
あの彼方の空の濁りを
濡れそぼつ草の朽ちてゆくのを
鳥の雛たちが地に落ちるのを
次に韓国語版の直訳。こちらの方がより核心を突いた表現になっている。
誰も言ってくれなかった
黒い空の下で歴史は始まり
雨に濡れた草原の悪臭の中で育ち
小鳥は墜落するときに完成するということを
最後に大サビ。これは日韓で大きな違いは無いが、せっかくなので韓国語版を。
誰も覚えていられない
あの空が今どれほど真っ青か
草の香りがどれほど息が詰まるように濃いのか
小鳥がこの瞬間どうやって飛んだのか
もうこれが『ダーウィン・ヤング 悪の起源』における「罪」の位置づけそのものズバリである。
人間の築いてきた歴史は常に暗いもので、人間は腐った世界で育ち、堕落して初めて一人前に成長する。空の青さも、息が詰まるほど濃い緑の香りも、青い空を目指す小鳥の頃の羽ばたきも、いずれみんな忘れてしまう。
人は罪を犯すことで人間として完成されるということなのだ。地獄市立最悪高等学校校歌か。
『青い目の目撃者』少年時代の終わり
物語の終盤、レオを殺害したダーウィンと、ジェイを殺害したニース、そして、第9地区から逃げ出し第1地区のヤング家の扉を叩いたラナー、60年の時を越えて三世代の心情と歌声が交わる大曲である。
以下に引用するのは、三人の声が重なりはじめるフレーズのダーウィンとニースのパートの韓国語詞。
僕の過去は終わった
もう二度と思い出さないだろう
記憶は消える
弁明も後悔もしないだろう
もう一か所、今度は一番最後のフレーズ。
夜明けが来れば
僕は僕の世界と決別する
僕は大人になる
許されない罪を犯したその子供は
いま大人になる
「僕は僕の世界と決別する」というフレーズは日本語訳詞にもほぼそのまま活かされており、このあとの楽曲にも出てくる重要なフレーズである。
ここでいう「僕の世界」とは、ダーウィンとニースが殺人という罪を犯すまでの16年間の記憶や思い出と取れる*1。ニースが16歳までの自分を捨ててしまったように、ダーウィンもこれまでの16年間を忘れ去ってしまうのだろう。父と鏡の前で並んでネクタイを結んだあの日のことも…
『誰も覚えていない』この世から消え失せた眩しい少年
本編のラストに歌われるフィナーレの曲。シーンとしてはレオの葬列だが、歌詞をよく聴くと不自然な点がある。
日本語訳詞は部分部分しか覚えられなかったので、韓国語版の訳を以下に引用する。曲自体は『プライムスクール[1]』のリプライズになっているのでサビの歌詞は共通しており、一か所を除いて、内容は日本語訳詞とほぼ同じだったと思う。
まずは歌い出しからサビ前まで。
あんなにキラキラしていた一人の少年は
何の理由もなく
急に地上から消え失せた
世の中に変わったことは無いのに
棺の上に積もっていく花びらは
誰のために涙ぐむのか
墓地を訪れる人々は
いま誰のために心から祈っているのか
シーンとしてはレオの葬列であることに疑いようがないにも関わらず、「誰のための葬列なのか」が執拗に問いかけられる。「この世から消え失せた眩しい少年」とは誰なのか。
その答えが、ダーウィンのソロになるブリッジで明らかになる。
赦されない罪を犯しながら
時間の関門を通り過ぎる
大人になる
僕は僕の世界と決別する
そうして子供は死ぬ
死んだのはレオだけではなく、レオを殺害したことで「僕の世界」と決別したダーウィンの子供の精神だった。大人になるということは、子供の精神・世界を失うということなのである。
このブリッジの部分、韓国語版と日本語版では明らかに違う箇所がある。
韓国版の直訳作業を終え「ここだけは絶対に現地で聴いて憶えて帰るぞ」と意気込んで全身を耳にする勢いで聴き取った結果、客席で鳥肌が立ちまくった日本語訳詞、いや、末満版がこちら
僕は許されない罪を犯し
このまま生きるのか
僕は今僕の世界に別れを告げて
明日を生きる
韓国版では「死ぬ」と歌っているところが、末満版では真逆の「生きる」になっているのだ。これには一体どういう意味があるんだ…あえて真逆の訳をあてがったことに理由はあるのか…
そのあたりも含めて、次の章では「罪を犯すこと」と「大人になること」の関係についての考察を深めていく。
罪が子供を大人にするまで
ここまで長々と「罪を犯すことで人は大人になる」と書いてきたが、私は「罪を犯すこと」と「大人になること」は単純な順接ではないと考えている。その二つが単純に繋がるのであれば、ニースのジレンマに説明がつかないからだ。
ニースは16歳の時、自分の父が12月革命に参加した元反乱分子であるということをジェイに暴かれ、父の秘密を守るためにジェイを殺害した。決定的な罪を犯しているにもかかわらず、ことジェイの殺害について、彼の時間は16歳で止まったまま過去にとらわれている。
『地下室の怪物』の中にはこんなフレーズがある(韓国語版)
大人になったらこの怪物は死ぬと思っていたのに
その時間の中に閉じ込められている
僕はこの瞬間も16歳
大人になれない
ニースの台詞にも「僕の人生は16歳で終わってしまった」とあり、パンフレットのインタビューでは広くんもニースのことを「16歳で時間が止まっている人間」だと言っている。現に彼が演じたニースは、46歳になった今も、ジェイを殺した日のことを思い出すと心は16歳の頃に戻ってしまう(この演じ分けが最ッ高だという話をしたいところだけれどそれはまた後日)
罪を犯すことがそのまま大人になることに直結しなかった例がニースだ。
それでは、何が人を大人にするのか。
第二の精神
最初に注目したのは、いざ親友を手にかけんとする際のニースとダーウィンの様子だ。
ミュージカルでは、レオとダーウィンが第9地区へ向かう列車の中でジェイ殺害の日のカセットの録音を聴いたことから、ニースがジェイを殺害するシーンの回想と、今まさにダーウィンがレオを殺害しようとするシーンが交錯する。
鬼気迫るシーンで、手に汗を握るほど夢中になって見ていたので日本語訳詞は全く憶えていないが、韓国版では、まるで天使と悪魔がダーウィンの両の耳元で囁くように別の人格が交互に畳みかけてくる。
ダーウィン、跪いて許しを乞え
レオの前に跪いて哀願しろ
赦してほしいと、僕と父を赦してほしいと
レオは赦してくれるよ
レオは君の友達じゃん
人間が人間に赦されない罪は無いって言ったじゃん
赦しを乞え
このトンネルの中が最後のチャンスだよ
誰もいないじゃん
助けてほしいと、赦してほしいと、跪け
トンネルの中が最後のチャンスだよ
赦しを乞え
ダーウィン!
ダーウィン!
途中から冷静に状況を見て完全犯罪を目論む別人格が出てくるのめちゃくちゃ怖い。
更にこの曲の直前、赤いフードをまとって親友に迫っていくニースとダーウィンも様子がおかしかった。父の罪を知りそれが親友にもばれて憔悴していたはずが、この瞬間だけ二人ともまるで別人のように落ち着いた口調になっていたのだ。
特にダーウィンは、レオに父の罪を見逃してほしいと頼んだが断られるという絶望的状況にもかかわらず、なんなら微笑を浮かべながら「僕ね、弁護士になるのが夢なんだ」と突然語り始める。まるで、これから起こることによって僕の輝かしい未来が陰る可能性は一切無いと言わんばかりに。しまいには「レオ、わかったよ。説明はいらない」である。何もわかってねーよ説明しろ。
そして、赤いフードの少年二人とそれぞれの親友二人を、赤い紐が絡め合う。その間のニースの表情よ。30年後も自分の犯した罪と親友の亡霊に怯えつづける人間になるとは思えないほど、落ち着いた迷いのない感情0の顔でジェイを追い詰めていた。おまえは誰だ…
ちなみに原作のダーウィンは、プライムスクールドキュメンタリーを見たことをきっかけに新たな考え(人格?)が芽生えている様子があり、以降頭で考えていることと行動がところどころで一致しないという描写も見られる。レオに父の罪がばれたときも、頭では赦しを乞おうと考えているが、身体はまったく別の行動を取り…
このように、罪を犯さんとする時、彼らの精神は二つに分裂し、それまでとは別の人格が生まれていると考えられる。分裂して生まれたのは罪人の人格で、これによって元の人格と倫理観に蓋をされ、操られるように彼らは親友を殺してしまったのではないだろうか。
罪悪感と倫理観
超重要ワード「僕の世界」。先ほどこれは16歳までの記憶と思い出であると書いたが、本当にそれだけだろうか。
原作では、ダーウィン視点で「罪悪感」という言葉が出てくる。
レオは、自分たちの利益だけを守って暮らし下位地区の状況に関して無知・無視することは上位地区の住人の原罪であると主張し、それを聞いたダーウィンは、ルミに連れられて第9地区を訪れたときのことを思い出す。
12月革命から60年、第9地区は生きる目的もない老人だけがかろうじて残る廃墟と化していた。第1地区とはまったくの別世界を見て、そこを「二度と訪れることのない別世界」だと認識した際にわずかに罪悪感を覚えたという。
階級社会では皆にそれぞれ役割があると言うニースに、ダーウィンは「第9地区の人々の役割は何?12月革命で彼らはすべてを失った」と問いかける。これ対してニースは「第9地区は別だ。彼らは何も失っていない。最初から何も持っていなかったんだ」と答える。まさにレオが言うように下位地区を度外視した発言だ。ジェイの死に関しては16歳で時が止まっているニースも、社会の仕組みに関しては第1地区の大人としての考えを持っており、またそのように認識することに何の罪悪感も感じていない様子だった。
ここに大人と子供の違いがあるのではないかと私が考えた。つまり「罪悪感」の有無である。ダーウィンは、下位地区を無視して自分たちだけが豊かな暮らしをしている現状に罪悪感を覚えている。いわば平等で純潔な倫理観を持っているといえる。
しかし、ニースのように社会の仕組みを作る側にまわり、家族と自分は豊かな生活ができる現状に満足していたら、それをさしおいてどれほど罪悪感を感じるだろうか。自分の利益への満足と他者への罪悪感が天秤に載せられた時、利益の大きさを知れば知るほど罪悪感の比重は軽くなりはしないだろうか。先述した第二の精神とは、この利己的な精神の延長にあるものだろう。
純潔な倫理観で自分の罪を認め罪悪感を覚えるか、自分の利益を重視し罪悪感を忘れるか。それが子供と大人の違いであり、子供の頃に持つ純潔な倫理観も「僕の世界」に含まれていると考えられる。
大人への進化「僕の世界に別れを告げる」
ニースとダーウィンは、父と自分の生活を守るために親友を手にかけた。街をひとり彷徨い、ライン川を見下ろし、または暗い夜空を見上げながら流した涙は、罪悪感からくるものだろう。ニースはそれからずっと、16歳までの純潔な倫理観を捨てきれず罪悪感に苛まれつづけている。
では、ダーウィンはどうか。
フィナーレの『誰も覚えていない』の中で、ダーウィンの天秤は大きく動いたのだと私は考えている。
レオとジェイが歌っているパート。これは死者の声で、ダーウィンにはレオの声が聞こえていて恐らく姿も見えており、レオの方を見ながら耳をふさぎ苦しむ姿が見て取れる。その姿は、ジェイの幻影に苦しむニースそっくりで、ダーウィンも父のように一生レオの幻影を見続けるのかと思われた。
しかし、曲が終わり本編が終幕する瞬間スポットライトに照らされたダーウィンは、先ほどまでの怯えた様子は一切なく、不気味な笑顔を浮かべているのであった。
この間に彼にいったい何があったのか。ブリッジの日本語訳詞をもう一度見てみよう。
僕は許されない罪を犯し
このまま生きるのか
僕は今僕の世界に別れを告げて
明日を生きる
ダーウィンが「僕の世界に別れを告げて明日を生きる」と歌ったまさにその瞬間に、罪に苦しむ純潔な子供の世界を脱却し、自己の利益のために犯した罪を隠し通す罪人として生きていく決意をしていたとすれば、最後のあの表情は、この先も仮面を被って生き続けるという決意と自信の顔なのではないだろうか。利己的な精神が分裂しジレンマを起こしていたダーウィンの精神のうち、純潔な子供の精神はこの時点で死に、利己的精神=大人の精神が淘汰していったのだ。
末満版が「死ぬ」をわざわざ「生きる」と訳したのも、ダーウィンのこの「進化」の瞬間のためだったと考えれば納得がいく。
友達の父であっても罪人は見逃せないと言ったレオは、その純潔な精神を持ったまま肉体ごと死を遂げ、鳥籠から青空へ羽ばたくことなく消えていった。一方、自らも手を汚し純潔な倫理観を捨て、家族と自分のために罪人として生きる決意をしたダーウィンは、子供の精神だけを殺し、利己的な精神を抱えた大人として濁った空の下を歩きはじめるのだった。
罪が子供を大人にするまでの過程をまとめると
- 自己の利益に関わる罪を犯す、または直面する
- 利己的な精神の覚醒
- 子供時代の純潔な倫理観からの脱却、罪悪感の消失
- 大人への進化
となる。
「大人になる」「生きていく」ということは、罪を犯し己の倫理観をアップデートしていくことで、純潔な倫理は汚れた精神に淘汰されていくのだ。
「ダーウィン・ヤングの悪の起源」「罪」とは
ここまで考察してきたように、『ダーウィン・ヤング 悪の起源』はダーウィン・ヤング個人の人生における諸悪の始まりのエピソードであると私は考えている。しかし、答えがこれひとつだとも思わない。
ダーウィンの犯した罪は、父ニースの罪を闇に葬るためのものであり、更にそのニースの罪も、暴動を率いたラナーの過去を隠すためのものであった。つまるところ、ダーウィン、ニース、ラナーの罪はすべて繋がっていて、家族の罪を起源として自らも罪を犯し、また次の罪の起源を創出する、悪の起源の螺旋構造になっているのだ。*2
そういえばDNAも螺旋構造だったね、ゴスリング。*3

『悪の起源』とはなんなのか、ダーウィンの罪に至るまでのニースとラナーの罪と解釈するか、ダーウィンの罪の道の第一歩と捉えるかずっと考えてるけど、元を辿ればニースとラナーの罪がダーウィンの罪に繋がりヤング家の罪として付きまとうのだろうから、結局全部繋がってるんだ(モマの地獄探険記)
— てぃーみき (@tea__miKi) 2023年6月17日
『モマの火星探検記』も素晴らしい作品なので、広くんが気になった方には是非見てほしい。
全部繋がってるから。
加えて、本作で問われている「罪」とは、必ずしも殺人のような決定的なものだけには限られないと私は考えている。
罪悪感という話にあったように、「社会がどんな問題を抱えようが、世界のどこでどんな問題が起きようが、自分の生活範囲が豊かで平和であれば関係ない」という態度や、現代人の無意識・不認識・無関心は、階級社会における格差を是とし下位地区の人々を度外視しようとする第1地区の大人と変わりない。我々も知らず知らずのうちに自分の世界と決別し、利己的な精神を持つ大人になってしまっているのだ。せめて関心を持とう。そして選挙に行こう。
恐ろしい話でありながら、どこか身につまされる思いがする作品だった。
とはいえ、救いようの無い内容なのに何をこんなに楽しんでいたのかといえば、考えれば考えるほど点と点が繋がっていきひとつの観念が描き出されていく感覚があったから。ミュージカルにも小説にも歌詞にもヒントがたくさん散りばめられていて、何かに気づくたびに作品の仕掛けの緻密さに感心した。
原作はかなりのボリュームがあり、今回触れたのは数ある作品テーマのうちの一部に過ぎない。別のテーマに沿って読めばまた違った考えが生まれる余地があるので、まだまだ考え続けていきたい。
そしていつか必ず再演して、答え合わせをさせてくれ〜〜〜〜!!
次回、
『ニース=矢崎広の好きなところ全部乗せ=ヤング』
『言葉にしてよ、父さん』
『友との絆』
ぜってー見てくれよな!
*1:ラナーだけはむしろ逆行している。
第9地区で生き延びるために大人のように振舞い虚勢を張って生きてきて、12月革命では多くの人を傷つけ大隊長も殺害してしまったが、ヤング夫妻に引き取られ大切に育てられたことで、虚勢を張り罪を犯してきた「私の世界」から脱却し、両親に愛される無邪気な子供へ生まれ変わった。
ニースとダーウィンは明るい少年時代に別れを告げて暗い世界に足を踏み入れてしまった絶望を声を張り上げて歌ってるのに、ラナーだけは、罪人の世界を忘れ明るい未来への扉に手を掛けている。いやいや事の発端はお前なのにその御本人が「忘れるさ~ケンチャナ~」じゃねぇよ、ひとりでハクナマタタすな。
*2:皮肉なことに、ラナーの過去がヤング家のパンドラの匣となった原因には、彼を引き取り実の子供のように大切に育てたヤング夫妻の良心がある。
『一生推す』って言えない
先日、ワイドショーを適当に流していて、スポーツの話題でコメントを求められたアナウンサーだかタレントだかが「〇〇選手、一生推します!」と言っているのを見て、ふと考えた*1。
『一生推す』って私は言えないし、意識的に言わないようにしている。理由としては、自分にとってのあらゆる重荷になるから。
10代の頃は私も「一生推す!一生大好き!」みたいなことを軽率に言っていたと思う。でも、いい大人になるまでずっとオタクをやっていればまぁいろいろあるわけで、「一生推す」と思っていた人にあっさりと飽きてしまったこともある。何か決定的な出来事があって完全に嫌いになったわけではなく(中にはそういう例もあるけれど)スーッと熱が冷めていく。本人たちがどうこうではなく、シンプルに"飽きた"んだと思う。
そうして現場へ行くモチベーションももう無くなっている時、「でも1現場につき1回は観るって決めてたし…」「ずっと応援するつもりだし…」と、過去の自分の言葉や気持ちが呪いのようにまとわついて、半ば義務感だけで現場へ赴いたこともある。そんな気持ちで行っても全然楽しくなかった。楽しくて通っていた頃のことは鮮明に憶えているのに、そういう状態で行った現場のことは記憶にも残っていない。憶えていたとしても「つまんない」と思った記憶だけ。まじで無駄だった。
沼はハマりたてが一番楽しいもので、最初の2〜3年は絶対に楽しい。私の場合は3年以上熱が保てばそこからはわりと安定するけれど、その2,3年の間に「一生推す!」なんて今生の誓いを立ててしまったら、後々自分の言葉に縛られることになりかねない*2。
推しへのスタンスなんて人それぞれだし、慣用句的に言ってる人ももちろん居るだろうけど、推しの現場に行くことに義務を感じちゃうような「オタクに二言はねぇ」スタイルのオタクは、一時の幸せに任せて「一生推す!」なんて言い切ってしまったら、いつかそれは、歯食いしばりながら自分を無理やり現場へ向かわせる呪いの言葉になるかもしれない。
以上のような「自分の気持ちが無常だから」というのが『一生推す』と言わない主な理由ではあるけど、他にも友人関係とか、推しへの面目とかもある。
まず、友達と「一生推そうね!」みたいな話をしておいて、もし自分が先に飽きてしまったときに地獄を見たくない笑 そうやって縛り合う友達は作っていないつもりだし、私が何を好きになって何に飽きようがフォロワーには関係のないことだけれど、自分が「オタクに二言はねぇ」スタンスだから、後々翻りそうなことは言いたくない。
推しへの手紙とかラジオのメールにしてもそう。申し訳ないけど、『一生推す』といった類のことを書いたり言ったりしたことは無い。別に何を言おうが向こうは覚えてないにしても、オタクに二言は(以下略)
だから私は、今推してる誰のことも『一生推す』とは思っていない*3。いつか飽きるつもりで、今は楽しいから継続して現場行ったり応援したりしているだけ。いやそもそもお金貯めたいからオタ卒したいんだけど笑
縛りを作らないことで、いろんなことが楽にもなる。
自分に何の義務も課していないから、興味の無い現場やコンテンツはスキップするし、推しの現場を楽しまないといけないという強迫観念も無いので、合わなかったものは合わないと言っちゃう。無理してテーブルクロスの柄を褒めるようなことはしない。*4
無理せず、義務を課さず、好きなときに好きなだけ。欲しいものを欲しい分だけ。楽しくなければオタ活じゃないのだから、飽きたらやめればいい。
「推しは推せるときに推せ」ってある頃からよく聞くようになったフレーズだけれど、「推せるとき」=「自分が推しを推せる状況にある時」と捉えれば同意できる*5。
手放しに未来を約束するのではなく、『今日はただ今日のことを、面白く楽しく、正しい心で』をモットーに、推したいと思ってるうちは推しを推す!
*1:無論、彼女の『推す』は、俳優やアイドルを推してる私の『推す』とはたぶん全然意味が違うので、あくまでも言葉を私の意味で考えるきっかけとして。
*2:この統計を取るのに、「ハマる→飽きる」の2,3年周期を2,3回繰り返した
*3:一生好きかもしれないと思ってるのは唯一キンキぐらい。英才教育で25年見て聴いてコンサート通って、ようやく「一生好きでいる…のかもしれないなぁ…」くらい。かつんも、かつんがそこに在る限りは好きだと思うけれど、本人たちが「永遠ではない」と言っているから、私も永遠は約束していないつもり。"せめて永遠ではない時を一瞬でも無駄にはしない"という約束なら、会うたびにいつもしてる(ドヤ)
*4:同じ感性やスタンスを持った友達に恵まれたから、観劇後に延々とダメ出ししてストレス発散できてる。いつもありがとう笑
*5:例えば誰かがグループ脱退したとき(察して)該当オタクが悲しみに暮れているのを横目に、他人の悲しみを勝手に教訓に昇華するかのように他界隈のオタクがこの言葉を反芻するのは、当事者としてあまりいい気分ではなかった。