STARMANN

いつか光を超えて、わたしを空へ連れ出して

あの日のこと

Endless SHOCK 2012のドキュメント映像の中で、同作に毎年出演しているはずの出演者がオープニングの振り付けをまったく思い出せない様子が映し出されている。ドキュメントの中では、その原因は、前年の公演が震災により中止となり千穐楽をむかえられなかったためだという言及がある。

いまのわたしがまさにそれだ。わたしは昨年、SHOCKのMy千穐楽を迎えられなかった。
ほかにも理由はあるかもしれない。前年より観劇回数が少なかったからとか、そのあとに上書きされた記憶が多すぎるとか。
でもそれにしたって、不思議なくらい昨年のSHOCKが思い出せない。

わたしの千穐楽は3月19日の夜公演になるはずだった。その日に何があったのかは、もうあえて説明する必要もないだろう。


あの日、開演2時間ほど前には劇場近くに到着していた。近くのカフェで母とお茶をしていると、Twitterを見ていた母が「なんか様子がおかしい」と言い出した。なんだなんだと開いてみると、もうTLは大騒ぎになっていた。一部始終を見ていた人のツイートから憶測や心配の声が飛び交い、すぐには何が起こったのか理解できなかった。土石流のように流れてくる心配や主観、憶測のなかからかろうじて拾い上げた情報で、問題のシーンにはやらくんも出ていたが本人に怪我がなかったことはわかった。

しばらくその場で待機し夜公演の中止の知らせを聞いたあと、近くにいた屋良担の友人と合流する。頭の中はごちゃごちゃだが、なじみの顔を見て一安心。深刻になりすぎない空気に救われ、他愛のない話をして心を落ち着かせた。

友人と別れた後一度帝劇の前を訪れる。時刻は7時半頃。事故が起こってから3時間以上が経っているにもかかわらず、劇場前にはまだ人だかりができていた。マスコミだけではない。
「ここにいたって何もできやしないのに。」と、劇場前にたかる人々に興ざめしながらその場を後にした。


わたしがその日に観劇予定であることを知っている友人の何人かから、リプやDM、LINEで多く連絡を頂いた。ありがたいことにわたしへの心配の連絡だったのだが、そのときのわたしは「なぜわたしの心配なんかしてくれるんだろう。もっと心配されるべきなのは演者なのに」と思ってしまった。それくらい、「観られなくて残念」とか、そういう思いが沸いてこなかった。
ただただキャストとスタッフ、誰よりも光一くんが心配だった。Show must go on. そう叫び続けてきた光一くんのこの舞台で、ショーをストップせざるを得ないことが起こってしまった。彼の気持ちを思うと、身が引き裂かれそうな思いがした。

そして、こんなに心配なのに、こんなに彼らのことを思っているのに、ただ思うだけで自分には何もできない無力さに打ちひしがれた。事故の詳細と怪我をしたキャストの状態によっては「また立ち上がってくれ」と声をあげてよいものなのかもわからない。

何も出来ない。

どんなに大切に思っていても、今のこの状況で出来る事は何もない。演者と観客の関係の限界を感じた。

その日は夜遅くまで眠れなかったが、翌日からまたスーツで朝から出かけなければならない。痛む胸をなんとかなだめて、その日は泣きながら眠りについた。


翌日、もろもろの活動のため大学でパソコンを立ち上げ、ふとTwitterを覗き見て、夜公演からの公演再開が決定したことを知った。その時は素直にうれしくて、安心して、涙が止まらなかった。
普段SHOCKレポをあさることはほとんどないが、この日ばかりは夜公演のレポを待つ。奇遇にもこの日に観劇した友人が多く、光一くんの挨拶や、やらくんがいつも通りに公演を終えたことを伝えてくれた。あのカンパニーがまた走り出してくれることが、SHOCKファンとしてとにかくうれしかった。


観劇した人が、再び走り出したカンパニーに賞賛の言葉を並べる中、あるツイートを見たとき、それまで不思議なほど湧いてこなかった思いがふつふつと湧き上がってきて、つい口をついて出てしまった。

友人の協力もあり、ご縁があって譲っていただいた大切なチケットだった。
しゅーかつが始まったばかりで、スーツで説明会や面接に出かける毎日の中、久しぶりに私服を着られるのでお気に入りのワンピースを引っ張り出してきた。
この日だけは絶対に予定が入らないように調整し死守してきた日だった。
やらくんを好きになって7年2か月目の記念日だった。
これが今年のSHOCK最後の観劇の日だった。

わたしだって観たかった。

そんないろんな思いがこみ上げて来て、やっと言葉にできたのはこれだけだった。

しかし、これを見たたくさんの友人がまた声をかけてくれて、その言葉が、閉じ込めようとしていた思いをどんどん吐き出させてくれた。再開を喜ぶTLに水を差したくなくて我慢しようとしていたけれど、「素直でよろしい!」と。
観られなかった悲しさと、こんなネガティブツイートを受け止めてくれる友人の温かさへのうれしさで、この日もずいぶん泣いた。泣きに泣いてすっきりしたのか、翌日にはケロッとしてこんなツイートを。

気持ちはもう春である*1

美談にするつもりはないが、この一件の際は、友人の温かさに本当に救われた。改めて感謝したい。



また、それぞれの主観と憶測が飛び交う中、わたしが唯一信じたいと思ったレポがあった。

事故が起こったその瞬間、状況を把握したうえで、やらくんは必死でショーを続けようとしていた、という。

それでこそやらくんだ、と思った。その瞬間、それぞれが自分のやるべきことを考えて行動した結果、やらくんは続けることを選んだ。それはきっと他でもない、お客さんのため。後日Webの自身の日記で、その時の自分の行動が正しかったのかどうか、その日はずいぶん悩んで夜も眠れないほどだったと吐露していた。

その時ステージにいた者としてどう行動するのが正解だったのかはわからないし、きっと正解は無い。でもわたしは、その時やらくんが自分のすべきことをとっさに考え、続けることを選んだなら、それが彼にとっての最善だったんだと、今も信じている。そうすることを選べる彼を、信頼し、尊敬している。7年2か月前にあの場所で、あの舞台でわたしが好きになった彼は、またこうして好きを更新してくれている。そう再確認してしまった。

そして思った。次にステージに立つ彼に会うときは必ず笑顔で、この悔しい気持ちを払しょくしてもらうんだ、と。





先日ドッグファイト千穐楽のために愛知に遠征した。やらくんのために一人で遠征するのはこれが初めてで、予想していた通り、今ドッグロスがひどい。今頃やらくんは稽古ひーひー言ってるところだろうが*2、わたしのほうはまったくSHOCKモードになれていないのが正直なところだ。どうやってSHOCKにのぞめばいいのかもわからない。

とはいえ、今年もSHOCKでやらくんに会えるのは楽しみだ。毎年「やらくんが出演するのはこれが最後かもしれない」と思いながら通っている。もしあれっきりになってしまったらSHOCK出の屋良担として一生悔いが残ると思っていたから、今年もヤラを見られることは本当にうれしい。始まったら始まったで早く観たいと思うだろうし、観たら観たでSHOCK大好き芸人炸裂するのだろう。


あの一件を美談にするつもりはない。その後帝劇で楽しい時間を過ごしている人を妬ましく思ったことも事実だ。隠すつもりはない。あの日のことは今思い出しても苦しいし、2015年のヲタク活動最大の悔いだ。だから、あれ以来初めてSHOCKを観る前にこの気持ちを改めて供養するために、ここに今更綴るに至った。


あーあ、はやくステージに立つやらくんが観たいなぁ~。

*1:「俺はもう次のショーを考えている。」 「まだ公演中止から二日しか経ってないのに!」

*2:М幸さんのことだから、ひーひー言いながら喜んでいるはず。