STARMANN

いつか光を超えて、わたしを空へ連れ出して

屋良担が中山優馬に転がり落ちた話・上

事の発端は2015年5月、優馬の初のソロツアーにお誘いいただいたことだった。


その日の昼、某シアタークリエの某グループの某ジャニ銀の当日券に当たる気満々で、わたしは日々谷にいた。そのわたしに、優馬担の友人から連絡が来た。
なんでも知り合いが夜公演のチケットを余らせているから入らないか、というとんでも棚からぼた餅なお話だった。

優馬がソロツアーをすると聞いたときは、そんなもん興味がないはずがなかった。優馬は、自担であるところのやらくんが一番弟子と言っても過言ではないほど可愛がっている後輩で、その楽曲には必ずやらくんが振り付けで参加してきた。今回も屋良振りの曲は必ず披露されるはずだし、少なからずやらくんが携わることはわかりきっている。ましてや、PLAYZONEで育ってきたジャニーズきっての天使・中山優馬のソロステージである。観たいに決まっている。

しかし、そこはやはりジャニーズのエンジェルヒエラルキートップクラスの中山=ミカエル=優馬さん、そう簡単にチケットを取ることもできず、わたし自身諦めていた。



そこで当日に突如として降ってきたチケット、まさに天からの授かり物に違いない。断るという選択肢は初めから無かった。そして、当たる気満々だった昼公演の当日券はあっけなく外れ、わたしは身一つでTDCに向かったのだった。
このあと何を見せつけられるのか想像もせず、愚かにもただ「やらくんが振り付け・演出するステージを観られる」くらいの軽い気持ちだった。



ステージを観た第一印象としては、これはたしかにやらくんが作ったものだ。

優馬によって自由に操られるレーザー、サングラスと近未来的な衣装、一輪のバラを手に踊る優馬とfunky8、つなぎパジャマ…ベッドがトランポリンになったときは、ミサさんまで!!と、次から次へと既視感に襲われたが、それは決して悪い意味ではない。

それまでやらくんが立ったステージ、目にしたステージが、いざ彼自身が1からモノを作るときに取り出して使えるよう、ストックされていることがよくわかった。頭のなかにこんなに引き出しがあったのか…と驚くほどに。わたしがやらくんと一緒に見てきた景色が、主人公を新たに、カラフルに甦っていった。


そんなバリエーション豊かなステージで、それぞれの物語の絶対的主人公として存在してみせる、中山優馬。曲ごとに雰囲気も演出もがらっと変わっていく空間と同様、時にクールに、キュートに、そしてセクシーに…そのくるくると変わる表情と主人公に相応しい華やかさで、圧倒的な求心力で、観客の視線をセンター一点に集め、巻き込んでゆく。

そんな中山優馬に、わたしはひとつの希望をも見出だしていた。

優馬ソロコンを観る少し前、Twitterで「踊れる人は、舞台やコンサートで重宝するから、CDデビューをする必要がなくなってしまう」という記述を目にした。
ダンスを武器にパフォーマンスをする人を応援するジャニヲタとしては、耳の痛い話だ。たしかに、これまで観てきたステージでは、正直センターに立つ者に要求されるのは華やかさであり、ダンスは真の武器ではなかった。踊ることでステージのダイナミクスを拡げるのは、主にバックダンサーだ。

だが優馬はめちゃくちゃ踊れるし、現にソロコンのセンターでめちゃくちゃ踊って魅せる。ダンスだけがその求心力の理由ではない。彼自身の持つスター性、華やかさももちろんある。けれどそれだけに頼らず、持てるスキルのすべてを尽くして踊っている。
そして、センターがとことん踊って魅せる演出を作ったのが、屋良朝幸だったのだ。

そうだ、これが見たかった。ずっと探していた、誰よりも踊れる人が一人で真ん中に立つステージ。



わたしは、中山優馬という人物を知ってからのこの7年間の自分の愚かさを思い知った(以下、7年に及ぶわたしの愚かっぷり)。


初めて目にしたのはドラマ『バッテリー』。こんな子がJr.にいたのか、可愛いけどトゥイティーみたいな顔だな。

少クラを見てみると、なんだかいつもセンターにいる。なんだ社長のお気に入りか。

PLAYZONE中山優馬が出るらしい。高田くんをおんぶしたあのトゥイティーちゃんか。

どうやら優馬はただの黄色いカナリヤではなく、めちゃくちゃいい子な天使らしい。トゥイティーみも薄れてきて、綺麗な顔の好青年になってきた。

やらくんもめちゃくちゃ可愛がってるし、PZ出てダンスもすごく上手くなってるみたいだ。むしろ、踊り方がやらくんに似てきた。やらくんの振り付けたくさん見られるし、いつもバックにJr.つけてくれるし、ありがとう優馬~


過去の自分を20回ずつくらいぶん殴りたい。


7年間、特にPZに出るようになってからは必ず優馬を目にしていたはずなのに、優馬を「見た」ことはほとんどなかった。優馬の隣にはいつも高田くんがいて、やらくんがいて、ふぉゆがいて、すのーまんがいて、目的はいつもその人たちだったから、優馬を見るために優馬のパフォーマンスを見たことがなかった。

こんなに眩しく輝く星がすぐ隣にあったのに、見ようともしなかった。救いようもなくバカだった。


初めて「見る」中山優馬は、身の丈に合わないセンターという位置に立たされている少年ではもはやなかった。
その位置に自分がいる意味、宿命を自ら背負う決意をとっくに済ませた顔で、舞台やコンサート、PZでやらくんに教わったことなんかを吸収し自分の持ち味として活かしている。これが、中山優馬の「勝ち取ってきたすべて」。




いや、もしくは。今の中山優馬だからこそ、こんなに惹かれるのではないか。

優馬を野球がうまくて顔が綺麗なトゥイティーだと思ってた頃、なんかよくわかんないけどポンッとPZに出されるようになった頃、まともに見ていたとしても、こんな風に彼に惹かれただろうか?

答えはおそらくNOだ。
持って生まれた華やかさに経験と努力を積んだ上で、決められた自分の立ち位置に相応しい実力を兼ね備えた今の彼だからこそ、こんな風に強く惹かれるのではないか。

勝ち取ってきたすべてが今の君だから。



この日を境に、優馬のことを「優馬」と呼べなくなった。いつからか「屋良っち」を「やらくん」と呼ぶようになったように、最大級の好意とある種の敬意をもって「優馬くん」と呼びたくなった。




優馬くんの魅力にようやく気づいたソロコンから数ヵ月、優馬くんがわたしに止めの一撃を与えごろごろと転がした挙げ句恋に落としたのが、あの夏の奇跡の作品『ドリアングレイの肖像』だった。どういう経緯で恋に落ちたのか、詳しくは過去の記事を参考にしていただきたい。



悪魔をも演じることのできる天使となった優馬くんが、絶世の美青年の美しくも儚い生涯を演じる。奇跡としか言い様のない夏だった。



こうして、屋良担のわたしは、担当の弟子とも言える中山優馬に恋をしたのだった。