STARMANN

いつか光を超えて、わたしを空へ連れ出して

推しが結婚しました。

異性の「担当」や「推し」がいるおたくにとって避けては通れない議論がある。


「担当や推しの結婚、許せる?」


答えは十人十色だろうが、ついに私の答えが出た。


※意見・感じ方には個人差があります。あくまでも私個人の考え方です。



私の贔屓にしている俳優、つまり「推し」である矢崎広さんが、ご結婚された。

第一報は、定期的に送られてくるファンクラブ会報に同封された、本人直筆の手紙(印刷)。



第一報


2017年7月3日。

今年初めての猛暑予報の出た、とても熱い日だった。



その日昼から夜遅くまで仕事のあった私は、遅刻ギリギリでポストも見ずに昼前に家を出て、無事乗り込んだ電車で汗を拭きつつ携帯を開いた。

みんなが騒ぐような特段に大きいニュースは無さそうだが、なんだか一部で不穏な空気が流れている。それもぴろクラさんばかり。



どうやら、今日届く会報に「何か」が入っているらしい。



あー、会報来てるならポスト見ればよかった…と思いつつ、ただならぬ空気を察知し、見なくてよかったと思うことにして思考を止める。今日は兼ねてから準備してきた大事なお仕事の日。個人的事情でテンションを下げるわけにはいかない。

仕事が終わるのは22時。終わってからTwitterを開いたら、誰かが内容をツイートしているかもしれない。
ただボーッとしていても、Twitterを開けば情報が流れ込んでくるのが日常だけれど、今回はそれではいけない気がする。

大事なことは、ちゃんと本人の言葉で初めに知りたい。

気になるけど……今日はTwitterを見ないことにしよう。



そう思い、休憩中も退勤後の電車の中でも、ヲタ垢のTLは一切見ず、ひたすら黒羽麻璃央のインスタを遡り、ひたすら薬研藤四郎を錬結しつづける*1



電車を降りて最寄りから家に着くまで歩く道のりは、生きた心地がしなかった。

その日一日止めていた思考をフル回転させる。

何が入っているんだろう?
何を言われるんだろう?
移籍しますとか?
ミュージカルもうやりませんとか?
引退だったらどうしよう
声のお仕事一本にしますとか、前例があるから有り得るし怖い
お芝居も歌も大好きなのに
もっともっと観ていたいのに
どうしようどうしよう

もしかして

結婚…?



早く帰りたいような、まだ家に着きたくないような、複雑な気持ちのまま、這うようにして家に着く。

自室に入ると「はよ読め」と言わんばかりに立てかけられている、いつものファンクラブ会報が入った封筒。
いつもはメール便で届く封筒が、日付指定までされている。

封筒の中には、いつも通り良質な会報と、会員継続振り込み案内、そして、意味深な白い封筒がひとつ。


震える手で白い封筒を開く。


無地の紙の上には、印刷された彼の自筆の文字が並んでいた。

6月に入籍したこと
これからも仕事は続けていくこと
応援してくれているファンへの感謝


わたしの心に浮かんだ言葉はこれだ


(中の人は喉と心の声とツイートが連動しているタイプのツイ廃です)



手紙の内容としてはよくある文面だけれど。

いつも会報に載る直筆メッセージは「行という概念?」というくらい自由に書かれる、お世辞にも上手とは言えない字だ。

それが綺麗に行を揃えて、難しい漢字も窮屈そうながらもきちんと収まっている。

下に便箋敷いて書いたのかな
難しい漢字も調べて書いたのかな
一文字一文字丁寧に書いてくれたんだな
緊張しただろうな
不安だったろうな

そんな姿を想像すると、いじらしくて、愛おしくて、たまらなくなる。


すべてを知った上でTwitterをようやく開くと、もうすでにそこら中でぴろしの結婚が噂されていた。でもソースはわかっていない、という状況。恐らく、ファンクラブ会員の誰かがネットに流したのだろう*2

彼が自らのTwitterで結婚を公表したのは、会報が届いた翌日の夜だった。




推し」の結婚


好きなタレントの結婚について議論になる度「そういう対象として見ていないから、普通に祝えるだろう」とは思っていたし公言もしてきたけれど、
それは自分の無意識の強がりかもしれない、その時になってみないとどう思うかは想像ができない、というのが本音だった。

好きだった人なら経験はあるが、現役バリバリで好きな人がリアルタイムで結婚したことはない。今の2トップはもう適齢期と言えるから、自分がどうなってしまうのか、傷つかない自信があるからこそ、その時を迎えるのが怖かった。



会報が届いた日、Twitterの噂で彼の結婚を知った相方が、私のことをたいそう心配したそうだ。泣きながら帰ってくるんじゃないかと笑


たしかに泣いた。

でもそれはショックの涙ではなくて、「引退じゃなくてよかった」「これからも彼の芝居を観られる」「嬉しい」「間違いなく幸せな家庭を築くはず」「おめでとう」「コングラッチュレーション」「幸せになってくれなきゃ困るぜ」「ベイベー」「素晴らしい未来へ」「愛を叫べー!!」の涙である*3


心配していたような負の感情が、まったく湧いてこなかったのだ。



こうなったことで応援しなくなるとか見方が変わるとか、そんなことは無い。

すべてを知った上で彼のお芝居を観たとき、前のように楽しめなかったり何か違和感があれば、私にとっての彼も、彼の芝居も、それまでのものだったってことでその時は納得もするんだろう。

でも、現状その兆候は全く見られない。舞台に立てば、板の上の人生を生きてみせて、板の外でのことを考える余地を与えない。そういう信頼の上で彼が、彼の為す仕事が、総じて好き。これからもきっと変わらない。



そもそも私のおた活における「好き」の究極のかたちは、まさにここに核心がある。

ステージの上に立つ人・画面の向こう側にいる人としての彼ら、その表現やパフォーマンス。それらに対して全幅の信頼を寄せ、魅了される。それこそが私の「好きな人」なのだ。
私としては、プライベートまで知り尽くして好きになる必要は無いし、人の道に外れさえしなければとやかく言う気もない。

極端な話、これからもステージに立つ姿を見られるのなら、結婚は大したことじゃない。
死没や逮捕、引退・脱退の方がよっぽど痛い*4

その究極のかたちにまで「好き」を昇華できていれば、よっぽどの酷いスキャンダルでなければ熱愛も結婚も大したダメージにはならないのだ*5


「好きなタレントが結婚したら」という永遠のテーマは、やはり自分で分析していた通り、「普通に祝える」が私のFAだった。

さらに、こんな風に想える人は長いことやらくん一人だったが、ひろしくんへの想いがそこまで昇華できていたことに今更気付き、この気持ちをずっと大切にしたいとも思えた。





本人の言葉で


ところで、「"誠実"という概念を擬人化すると矢崎広になる」というのがわたしの口癖だが、今回もやはり彼の誠実さに曇りはなかった。

ファンクラブ会員にだけ先に公表したことに否定的な意見もあったようだが、私としては至って誠実な対応だと思う。
お金を払っている人に利があるのは商売として当然だし、それはファンを「差別」するだなんてことでは決してない。

一番に伝えるべき人に、一番最初に確実に伝わるように。


早々にネットをシャットアウトした自分の判断も正しかったと思っている。
大切なお知らせは、やはり本人の言葉で第一報を聞きたいものだということは、ここ数年で嫌というほど痛感してきた*6

その術に、古風であたたかみのある手紙を選択するところにも、丁寧に丁寧に綴られた一文字一文字にも、彼の誠実さを感じずにいられない。








「あぁ、この期に及んで、私はまた矢崎広に惚れ直してしまっているんだなぁ…」


推しの精一杯の誠実さにくるまれて、今までの彼のこと、これからの彼のことを考えながら、そんなことを思って、寝る前にまた少し泣いた。


週刊誌にすっぱ抜かれることも無く、最近なにかと話題の「匂わせ」どころか、年中無臭である。


お仕事にもファンにもこんなに誠実に向き合う人だから、奥さんのこともこれから増えるかもしれない家族のことも必ず幸せにして、あたたかい家庭を築いていく。
そしてその責任と覚悟が、彼の役者としての表現力により磨きをかけるのだろう。






私が好きになった人は、多くのファンを持つ俳優として、人として、とても出来た人です。





広くん、

あなたを好きになって応援していきたいと思った1年半前の私は、最高に冴えていたよ。

「好きな人」の幸せを心から願い祝福するこの気持ちを、最初に教えてくれたのがあなたでよかった。

あたたかい家庭を背負って舞台に立つ背中に、これからも見失わずについていける。


舞台の真ん中から満足げな笑顔で言ってくれた「愛してます」という声を、あなたの喉が大好きなこの耳はまだちゃんと覚えてるよ。

だから、舞台の上のあなたに、客席の私はこれからも叫び続ける。

「私も愛してます」


あなたを好きになって本当によかった。


ご結婚おめでとうございます!!
末永く、お幸せに!!

*1:なかなか衝力が納得いかない

*2:その辺の情報倫理に関して話し出すと論点がずれるので割愛

*3:これこそがトゥルーラブ

*4:ついでに言えば、何度経験しても慣れない

*5:これが中山優馬とか宮舘涼太とか黒羽麻璃央なら話は別だが、これも割愛

*6:検索ワード:「重大発表」「生放送」「特別歌番組」「赤いコート」

Red and Blue ~The colors of harmony or battle

  
ジャニヲタ英語部Speaking第20回開催のお知らせ - 咲き誇れ。

 

途切れ途切れではありますが初回から参加させていただいているジャニヲタ英語部が、今回で20回目!社会人になってからなかなか都合が合わずしばらく欠席だったのですが、ひさしぶりに参加させていただきました。

 

以下、今回の英語部で行なったプレゼンの全文です。要は何が言いたいかって、ロミジュリは絶対ジャニヲタ大好きだから見てくれ

ってことです。

 

プレゼンでは動画も使用し、その箇所は進行のため---Video---と表記してます。動画の一部はリンクも貼りますので、ご覧ください。

あくまでもカンペなので文法等々ご容赦ください笑

 

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With two colors of Red and Blue, what do you recall? Sometimes they mention the color of gender, emotion or something.
However I strongly think that a pair of Red and Blue means something special for us and attract us. I'm talking about two sides of the pair.

First, Let's talk about what you recall with these two colors.
---Discuss---
For example, men and wemen, anger and sadness, hot and cool...and more. As you know, they are often used as the colors of two things opposed.
Based on this conclusion, let's see the two aspects of this pair.

 

One is the colors of Symmetry.
In johnny's, Symmetry means a pair of boys whose posissions are located in opposite side, which sometimes means that two boys are have a special relationships and share a common destiny.


The most famous Red and Blue Symmetry---I think --- is KinKi Kids. Koichi is Red and Tsuyoshi is Blue.
When they got debut, the colors are given to them just to distinguish them.

 

However the two boys have grown up to be the two men, making their differences clearly.

How they are different can be seen in their own solo performances. Koichi focuses on dances and staging as a show. He always does his best to make the same show everyday, and in order to do so he does reharsal so many times. on the other hand, Tsuyoshi focuses on music he make with his company in that moment. So his reharsal is simple and rough.
They have more things opposed like the colors of Red and Blue. However or therefore, they can make the best harmony which can be made only by themselves like the performance of "薔薇と太陽".
---Video--- 
KinKi Kids is the first Johnny's that I love, so it might be just my idea. If you know Red-Blue Symmetry---except Date-Nabe, please show it. They must be precious like KinKi Kids.

 

The other aspect is two goups which fight.
Some of you may imagine them with Red and Blue, and which can be due to DREAM BOYS.
---Video---
Its story is composed with the background that two groups fight. In this musical, there are some songs that shows the situation of oppositon---Kazuya, Yuta, Yuma or so and Champ. These songs are very cool and attracting. As I thought, Johnny's fan loves two opposite groups (of nice guys).


Also the musical CROSS HEART is acted by two opposite groups led by Yuma as Red team Bourgogne and Yara-kun as Blue team Liberete. There are many battles with dance and sword, though they are best friends. They killed each others swearing their friendship of afterlife. Yuma and Yara acting these two guys fighting are very attractive because we fan love the firm bond between Yara-Yuma.

 

And then, I have very the recommended musical for you ---Musical Romeo & Julliett!
It is the most famous story of Shakespeare and is also the story of people who belong to opposed groups.

In Verona, there are two families Montagues and Capulettes. They have fighted from long long time ago. One day, Romeo, son of Montagues and Juliet, daughter of Capulettes fell in love. However they are disturbed because of their background, and at the end, they died together.
In this musical, they live in modern time. They have smartphones, use computer, and when he went to Juliet's balcony, Romeo says"Please tell me your cellphone number! " It is very progressive Shakespeare. But therefore it can be familier to us.
By the way, its songs are kind of rock, and its type of dance is kind of hip hop. So you must like it.
---Video---

古川雄大ら「世界の王」ほか2曲を熱唱!『ロミオ&ジュリエット』プレスコール - YouTube

ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』- 舞台映像 - YouTube


I really recommend you!

 

As I talked, Red and Blue have some special relationship I think. Thank you for your listenig.

ジャニヲタに警告する、楽しい外部俳優のハマり方

Twitterの方をご覧の方々はご承知だろうが、
剛金田一に始まるジャニヲタ20年選手のこのわたくしが今、
空前のジャニーズ離れにある。

・・・いや、ジャニーズ離れは言い過ぎた。
単に外部舞台の観劇数が格段に増えている。
それもこれも全て、この一年ほどでゆっくりと、しかしズブズブと引きずり込まれた、
矢崎広という恐ろしい沼の仕業である。

昨年末のやらくんの舞台『ドッグファイト』に始まり、
ありとあらゆる資料をもとにあっさりとハマり、
3月に『ETERNAL CHIKAMATSU』、
4,5月に『私の頭の中の消しゴム』、
そして7月に『JERSEY BOYS』と、
実に充実した観劇ライフを送ってしまっている。

一説によると、ここ数日のわたしのツイートの8割をぴろしが占めているらしい。
いやいやそんな、バカな。ハハッ。

 
わたくしのヲタク人生にかくなる革命が起こっている今、
矢崎広の喉がいかに素晴らしいか、矢崎広の芝居に見る「生きる」とは、
といったテーマを書きたい衝動をぐっとこらえて、
今回はジャニヲタへの警告を示したい。

外部俳優の沼は広く、深く、そして今着実にジャニヲタを脅かしつつあると。


今回は、わたしの実体験をふんだんに盛り込みつつ、楽しく外部俳優にハマるための三要素を取り上げていく。



第一に
ジャニーズの自担が外部舞台に出ること。
まずは出会わなければ仕方ない。そしてこの出会いが、わたしの場合は上口耕平であった。

2014年10月、自担であるやらくんの三度目の主演舞台であり、再演でもあったミュージカル『道化の瞳』。
再演のニューフェイスで参加したのが彼であり、もうそれはそれはひどいジャニヲタホイホイだった。

まず役柄がかわいい。一幕では新米医師(看護師?)、二幕ではおちゃらけた道化を演じ、
終始笑顔がかわいい。天使かな。

客席に降りて来て客から投げ銭をもらうなんて演出もある。
夏の青山劇場がごとく触れ合いによって着実に新規ファンを撃墜していく。

ということで第一の警告。

ジャニーズタレントの外部舞台出演が多くなっている今、
自担の現場とはいえ軽率に観に行くと、どこに沼があるかわからない。




第二の要素は、沼の開通である。

例にもれず、というか、例に忠実にわたしは上口耕平にハマり、
11月、12月と続いた彼の出演舞台に足を運んだわけだが。

結論から言えばわたしは運が悪かった。
あまりにもタイミングが良すぎた。
この12月の舞台が新たな扉だった。

時は12月、明治座。黒幕の名はる・ひまわり
奇しくもこの年、上口耕平初参加となった、知る人ぞ知る年末恒例行事。
そこは一度足を踏み入れると、大小さまざまな沼が軒を連ねる、沼の見本市だった。

ここはにわかがうかつに語ってはならない沼地なので詳細は省くが、
一度の観劇と、一度の上映会を経ただけで、20~30人の若手(から中堅まで)俳優を覚えてしまう。

同じ衣装を着てバックで踊るJr.を見て次々に顔と名前を覚えるJr.担には、
全員別々の衣装で、全員に役名があるなんて、覚えるのは朝飯前だろう。

それが数組に分かれてアイドルグループのパロディーなんかやってくれたりする。
ジャニーズをパロってくれたりする。団扇を持てたりする。そりゃあもう楽しい。

ジャニーズはみんな顔も名前もキャラも大体つかめている。
そんなマンネリ気味のヲタク生活に刺激を与える、初めて見るイケメンたち。
この子かわいい、あのひとかっこいい、歌がうまい、ダンスがうまい(ごく一部)。

Jr.ハマりたての頃、顔と名前を憶えてコンサートに行き、
そのコンサートでまた気になるJr.を見つけて名前を調べ、少クラで探すように・・・

なにごともハマりたて、覚えたてが楽しいものである。
先週まで見たこともなかった俳優の顔と名前をおぼえ、Twitterをフォローする。
流れてくる情報でいつの間にか外部俳優にどんどんくわしくなる。
俳優同士の共演や交友関係から、次から次へと沼が繋がり広がっていく・・・


自担の外部舞台を観に行ってからここまでくるのにたった2か月である。
ここで第二の警告。

軽率に足を踏み入れた外部俳優がるひま常連だったりすると、事態はより深刻なものになる。

たまたま観た外部舞台で可愛い子を見つけたら、終演後携帯の電源を入れ、速攻でググるべし。
過去出演作にやたら「る」を推すタイトルの作品があったら、そいつはヤバい




第三の要素。
身内による熱心な布教と、資料の多さ、求めやすさ。

明治座にてより深い沼に開通し流れ込んだ先に待ち構えていたのは、
意外にもまったくの別ルートで知り合っていたジャニヲタの某友人・M氏であった。
彼女は歳末明治座の原点ともいえる戦国鍋TVからのこの沼の(自称)にわかで、
るひま常連のありとあらゆる情報をわたしに教え込んだ。
その知識の一つにすぎなかったのが、矢崎広だった。

12月の時点で、耕平さんは翌年3月に『ミュージカル・タイタニック』に出演することが決まっていた。
戦国鍋TVからのるひまファミリーのぴろしも同じく出演が決まっており、
まんまとるひまを楽しんでいるわたしに、M氏はここぞとばかりにぴろしを推してくる。

彼女がぴろしに関して最初にわたしに与えた知識は、
ダンスの振り付けが覚えられなくて泣いたこと」。


曲がりなりにも屋良担に、PZのクオリティーに慣れきった屋良担のわたしに教えたエピソード。

振り付けが覚えられなくて泣いた・・・だと・・・


なにそれ愛しい・・・!!!(そっちだった)



そして、3月のシアターコクーン。豪華客船の上で、わたしは矢崎広に出会った。
ちょこまかちょこまか動き回ってかわいいなぁと思ったら、突然いい声で歌いだすこの振り幅。

でもこのときはそこまで気に留めていなかったのが正直なところである。
フライパンだかなんだかカンカンたたいて「○がつ○にち!」って
ひらがなしゃべりがかわいくてちょっと肩が震えたり、
色気ある歌声に、おいこれ本当にあのひらがなしゃべりと同一人物かよと思わず双眼鏡握ったり、
本当にたったそれだけである(言い訳がましい)。



だがしかし、カルマというものは本当に恐ろしいもので、
やらくんの主演舞台に矢崎広の出演が決まったのはそれから半年もしない頃である。
またしても沼の開通・・・

ドッグファイトをきっかけにわたしがまんまとぴろしかわいいBOTになり果てた頃合いが、
某友人・自称鍋ソムリエM氏の腕の見せ所だった。

Twitterの140字フルに使っての過去出演作のおすすめラインナップ、
るひま公式が流している動画資料の提供、
その他資料提供・・・

図書館司書にでもなればいいんじゃないかな・・・


そしてここでカギとなる、ジャニーズとの大きな違い。メディア資料の多さ。

YouTubeに公式動画があるうえに、イケない動画もジャニーズほどの検閲の厳しさはない。
本人によるTwitter、ブログ、共演者のTwitter、ブログに上がってくる近況や本人の写メ(無料)。
過去作品やツイートまで、かなりさかのぼって楽しむことができてしまう。

M氏に紹介された過去作品から、また別の沼を見つけ、Twitterをフォローし、
過去共演者同士がたまーにリプでやりとりするのを見て狂喜する。Endless沼


無料でここまで楽しめちゃっていいのか・・・いやよくない。
生で芝居を観たい、歌を聴きたい。そして軽率に現場に行くわけだ。


だがしかし、作品や会場にもよるが、ジャニーズより現場単価が安い。
某トンチキワールドに一回行く費用で、300人以下のキャパで面白い芝居が二回見られる。
コスパがいい!!

さらに、ジャニヲタ最大の悩みであるところのチケットの入手に関しても、
良心的な空席救済サイトで開幕後にでも入手が可能(当然定価、もしくはそれ以下)で、
なんならフラッと会場に行って、さくっと当日券で観られちゃう。

日々入手困難なチケットの争奪戦に揉まれているジャニヲタには、非常にお求めやすい(?)

過去作品で好きなところに出会うのもいいが、
今の姿を生で見て、新しく好きなところを見つけるのが楽しいのはジャニヲタと同じである。

こうして手軽に、軽率に、ズブズブと戻れない深みへと落ちていくのである・・・




近年、ジャニーズJr.でも外部舞台に出演し、事務所外の俳優との共演が増えてきている。
軽率にハマると、その手ごろさゆえに、簡単に戻れなくなる可能性が高い。

もし自担が外部舞台に出ようものなら、
共演者が発表されたらまずググり、危なそうな沼には警戒心を持って、
もしくは頭から沼に突っ込むくらい前のめりに臨むよう、警告したい。



全ジャニヲタに次ぐ。
芸能界は君が思っているよりずっと広く、
そして君は君が思っているよりずっとチョロい。

屋良担が中山優馬に転がり落ちた話・下

ドリアングレイで優馬くんに恋したわたしが次に優馬くんをこじらせたのは、9月のDREAM BOYSだ。ここまで2週間ちょっと。転げ落ちてからが早い。



外部舞台で初座長を務めた優馬くんが、寵愛を受けるジャニー社長のもとで満を持して帝国劇場の0番に立った。

歌唱力もダンスはもちろん言うことなしだが、ストレートプレイの経験も発揮され、ジャニーズ舞台特有のあのトンチキ世界観でも説得力があった。さすがジャニーさんが大事に大事に育ててきた人材なだけあって、センターに立ったときの華やかさは帝国劇場という場所に決して負けない。これ着て生まれてきたんじゃないかという勢いで、キラッキラの衣装がよく似合う。優馬くんってジャニーズの申し子なんじゃないの…


その姿を見たわたしの心には『機は熟したり』の言葉が沸き上がってきた。

歌もダンスも特段得意というわけではないのにずっと真ん中に立って、与えられた立ち位置のプレッシャーや羨望にずっと耐えてきたのだろう。東西問わず様々なJr.と組み合わされては引き離され、唯一無二の存在としてジャニーズ人生を歩んできた。他のタレントには当然のようにいるシンメやメンバーといった存在、苦楽の全てを常に共にする仲間が優馬くんにはいない。優馬くんは一人だった。


でも、本当に優馬くんは「ひとり」なのだろうか?

そうではない。
最終的に優馬くんはソロアーティストとして一人で歩むこととなった。しかし、関西Jr.やNYC、B.I.Shadow、そしてPZカンパニーと、こうした優馬くんのジャニーズ人生だからこそ出会えた多くの仲間に恵まれているはずだ。そして彼らは、括りを解消されても仲間として、仕事が一緒になれば優馬くんと切磋琢磨している。ドリボでの風磨やThey武道と優馬くんの関係を見て、そう思ったのだった。

優馬くんは一人だけれど、独りではない。


「何もかも引き受けてやろうじゃねぇか!」

ジャニーさんは今日のために、優馬くんを羨望と嫉妬の的になるほどこれ見よがしに推し続けたんだ。可愛い子には旅をさせるために、初主演舞台を外部で踏ませたんだ。そして優馬くんはその思惑通りに、もしかしたらそれ以上に成長し、そんな境地にたどり着いた。


そして今、

「不安はいらない。約束する。僕はずっとここにいると」

帝国劇場の真ん中で高らかに歌う中山優馬。ついに機は熟した。




そして2016年冬、6年に及ぶやらゆま師弟愛がステージの上で実ることとなった。ミュージカル『クロス・ハート』が屋良朝幸、中山優馬をW主演に掲げ、我らが玉野大先生のもとで上演される。

この日が来るのを全やらゆま担が待っていたよね…!
とは言っても、わたし自身こんなに早く二人の再共演が実現するとは思っていなかった。しかも外部舞台。ましてや優馬くんは本格的なミュージカルは初出演にして主演。

ドリアングレイのヒロキ、それいゆの辰巳くんと、優馬くんの外部舞台出演時はPZメンバーの存在が優馬くんの心の支えになってきたはず。それがここに来て、ラスボスクラスのしぇんぱいとW主演。優馬くん箱入りすぎ。絶対優馬くんにひとりでお出かけさせない事務所よ。


奇しくも今年は、わたくしの社会人1年目。肉体的にも精神的にもしんどい年になるだろうが、年末にこの大一番が待っているとあっちゃ、うかうか過労死もしていられない。

もうこれはカルマだ、優馬くんに恋してからこの舞台の幕が降りるまでが、わたしとやらゆまのひとつの大きなストーリーだと言わんばかりに綴ってきたが、要するに優馬くんにハマったところで、渡りになんとやらのタイミングでやらゆま乗せた舟・玉野丸が漂着したって話だ。


屋良担続けてきて、優馬くんと出会えてよかった。12月の幕が開いた時に改めてそう思えるのが楽しみだし、その幕がどうかシアタークリエであってほしいと願う今日この頃である。

屋良担が中山優馬に転がり落ちた話・上

事の発端は2015年5月、優馬の初のソロツアーにお誘いいただいたことだった。


その日の昼、某シアタークリエの某グループの某ジャニ銀の当日券に当たる気満々で、わたしは日々谷にいた。そのわたしに、優馬担の友人から連絡が来た。
なんでも知り合いが夜公演のチケットを余らせているから入らないか、というとんでも棚からぼた餅なお話だった。

優馬がソロツアーをすると聞いたときは、そんなもん興味がないはずがなかった。優馬は、自担であるところのやらくんが一番弟子と言っても過言ではないほど可愛がっている後輩で、その楽曲には必ずやらくんが振り付けで参加してきた。今回も屋良振りの曲は必ず披露されるはずだし、少なからずやらくんが携わることはわかりきっている。ましてや、PLAYZONEで育ってきたジャニーズきっての天使・中山優馬のソロステージである。観たいに決まっている。

しかし、そこはやはりジャニーズのエンジェルヒエラルキートップクラスの中山=ミカエル=優馬さん、そう簡単にチケットを取ることもできず、わたし自身諦めていた。



そこで当日に突如として降ってきたチケット、まさに天からの授かり物に違いない。断るという選択肢は初めから無かった。そして、当たる気満々だった昼公演の当日券はあっけなく外れ、わたしは身一つでTDCに向かったのだった。
このあと何を見せつけられるのか想像もせず、愚かにもただ「やらくんが振り付け・演出するステージを観られる」くらいの軽い気持ちだった。



ステージを観た第一印象としては、これはたしかにやらくんが作ったものだ。

優馬によって自由に操られるレーザー、サングラスと近未来的な衣装、一輪のバラを手に踊る優馬とfunky8、つなぎパジャマ…ベッドがトランポリンになったときは、ミサさんまで!!と、次から次へと既視感に襲われたが、それは決して悪い意味ではない。

それまでやらくんが立ったステージ、目にしたステージが、いざ彼自身が1からモノを作るときに取り出して使えるよう、ストックされていることがよくわかった。頭のなかにこんなに引き出しがあったのか…と驚くほどに。わたしがやらくんと一緒に見てきた景色が、主人公を新たに、カラフルに甦っていった。


そんなバリエーション豊かなステージで、それぞれの物語の絶対的主人公として存在してみせる、中山優馬。曲ごとに雰囲気も演出もがらっと変わっていく空間と同様、時にクールに、キュートに、そしてセクシーに…そのくるくると変わる表情と主人公に相応しい華やかさで、圧倒的な求心力で、観客の視線をセンター一点に集め、巻き込んでゆく。

そんな中山優馬に、わたしはひとつの希望をも見出だしていた。

優馬ソロコンを観る少し前、Twitterで「踊れる人は、舞台やコンサートで重宝するから、CDデビューをする必要がなくなってしまう」という記述を目にした。
ダンスを武器にパフォーマンスをする人を応援するジャニヲタとしては、耳の痛い話だ。たしかに、これまで観てきたステージでは、正直センターに立つ者に要求されるのは華やかさであり、ダンスは真の武器ではなかった。踊ることでステージのダイナミクスを拡げるのは、主にバックダンサーだ。

だが優馬はめちゃくちゃ踊れるし、現にソロコンのセンターでめちゃくちゃ踊って魅せる。ダンスだけがその求心力の理由ではない。彼自身の持つスター性、華やかさももちろんある。けれどそれだけに頼らず、持てるスキルのすべてを尽くして踊っている。
そして、センターがとことん踊って魅せる演出を作ったのが、屋良朝幸だったのだ。

そうだ、これが見たかった。ずっと探していた、誰よりも踊れる人が一人で真ん中に立つステージ。



わたしは、中山優馬という人物を知ってからのこの7年間の自分の愚かさを思い知った(以下、7年に及ぶわたしの愚かっぷり)。


初めて目にしたのはドラマ『バッテリー』。こんな子がJr.にいたのか、可愛いけどトゥイティーみたいな顔だな。

少クラを見てみると、なんだかいつもセンターにいる。なんだ社長のお気に入りか。

PLAYZONE中山優馬が出るらしい。高田くんをおんぶしたあのトゥイティーちゃんか。

どうやら優馬はただの黄色いカナリヤではなく、めちゃくちゃいい子な天使らしい。トゥイティーみも薄れてきて、綺麗な顔の好青年になってきた。

やらくんもめちゃくちゃ可愛がってるし、PZ出てダンスもすごく上手くなってるみたいだ。むしろ、踊り方がやらくんに似てきた。やらくんの振り付けたくさん見られるし、いつもバックにJr.つけてくれるし、ありがとう優馬~


過去の自分を20回ずつくらいぶん殴りたい。


7年間、特にPZに出るようになってからは必ず優馬を目にしていたはずなのに、優馬を「見た」ことはほとんどなかった。優馬の隣にはいつも高田くんがいて、やらくんがいて、ふぉゆがいて、すのーまんがいて、目的はいつもその人たちだったから、優馬を見るために優馬のパフォーマンスを見たことがなかった。

こんなに眩しく輝く星がすぐ隣にあったのに、見ようともしなかった。救いようもなくバカだった。


初めて「見る」中山優馬は、身の丈に合わないセンターという位置に立たされている少年ではもはやなかった。
その位置に自分がいる意味、宿命を自ら背負う決意をとっくに済ませた顔で、舞台やコンサート、PZでやらくんに教わったことなんかを吸収し自分の持ち味として活かしている。これが、中山優馬の「勝ち取ってきたすべて」。




いや、もしくは。今の中山優馬だからこそ、こんなに惹かれるのではないか。

優馬を野球がうまくて顔が綺麗なトゥイティーだと思ってた頃、なんかよくわかんないけどポンッとPZに出されるようになった頃、まともに見ていたとしても、こんな風に彼に惹かれただろうか?

答えはおそらくNOだ。
持って生まれた華やかさに経験と努力を積んだ上で、決められた自分の立ち位置に相応しい実力を兼ね備えた今の彼だからこそ、こんな風に強く惹かれるのではないか。

勝ち取ってきたすべてが今の君だから。



この日を境に、優馬のことを「優馬」と呼べなくなった。いつからか「屋良っち」を「やらくん」と呼ぶようになったように、最大級の好意とある種の敬意をもって「優馬くん」と呼びたくなった。




優馬くんの魅力にようやく気づいたソロコンから数ヵ月、優馬くんがわたしに止めの一撃を与えごろごろと転がした挙げ句恋に落としたのが、あの夏の奇跡の作品『ドリアングレイの肖像』だった。どういう経緯で恋に落ちたのか、詳しくは過去の記事を参考にしていただきたい。



悪魔をも演じることのできる天使となった優馬くんが、絶世の美青年の美しくも儚い生涯を演じる。奇跡としか言い様のない夏だった。



こうして、屋良担のわたしは、担当の弟子とも言える中山優馬に恋をしたのだった。

コウイチの復活~夢と現実の紗幕~

先日SHOCK厨の友人たちと「Endless SHOCKプレゼン大会やりたいね」という話になったので、わたしが過去最高にSHOCKこじらせてた頃に考えて鳥肌たてた解釈をご紹介する。もしSHOCKを観たことがなくこれから観劇したいという方には最大のネタバレとなってしまうので、ただちにブラウザの戻るボタンを連打していただきたい。



Endless SHOCKの物語の鍵となる、二幕のコウイチの存在。彼は、一幕の殺陣の最後、ヤラ(ライバル)によってすり替えられた真剣で大けがを負い、1年後病院で息を引き取る。しかしその直後、事故のあとばらばらになってしまったカンパニーの仲間たちの前に現れる。死んだはずの彼がなぜかつての仲間たちの前に現れたのか、彼の存在は何だったのか。本論ではこのEndless SHOCKでだれも触れてこなかったある種のタブーに、「夢」という観点から独自の解釈で紐解いていきたい。


日本古典文学における「夢」

本題に入る前に、日本古典文学における夢信仰について少し触れていきたい。古典の夢と言えば『源氏物語』の六条御息所を思い浮かべる方がいるかもしれない。

人が物思いにふけるとき、「あくがる」(=魂が身体を離れる)*1という現象が起こると、古代人は信じていた。六条御息所光源氏への強い愛情と、彼の正室・葵上への嫉妬*2に苦しみ、物思いにふけることが多々あった。

そんな折、葵上に物の怪がとりつき、苦しむ彼女の周りでは物の怪を追い払おうと芥子の香を焚きながら加持祈祷が行われていた。そして葵上と光源氏が二人きりになった途端、葵上にとりついた物の怪が葵上に憑依し光源氏に語り掛ける。その声や話し方から、源氏は物の怪の正体は六条御息所だと勘づく。

一方の六条御息所は、自分が葵上と思しき女性を痛めつける夢を見る。目が覚めると身体から芥子の香りがすることに気づき服を替え身体を洗うが、その匂いは取れない。葵上が物の怪にとりつき苦しんでいることを知った六条御息所は、自らの魂があくがれ葵上を苦しめる物の怪となったのだと察する。消えない芥子の香りは、身体ではなく魂に染みついたものだったのだ。


このエピソードから、夢と魂には深い関係があると考えられてきたことがうかがえる。特に万葉期の和歌では夢のなかで愛する人と逢うシーンが幾度となく詠まれ、その夢の逢瀬を「魂逢ひ」と呼んでいる。夢は魂のはたらきであり、魂逢ひの舞台として和歌に登場する「夢の通ひ路」とは魂だけが活動できる夢の世界=魂の世界なのだ。



『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』の夢

わたしの信仰する少年漫画『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』にも、こうした夢のかたちが提示されている。死ぬ間際に見る夢も存在するという。これは私の解釈だが、身体を抜けこの世を離れようとする魂が、あの世に向かう途中に通るのが夢の世界=魂の世界なのだろう。

そしてこの物語の中では、残される者の強い想いが死に向かう人を引き留め、生と死のはざまに留めてしまうこともある。壱原侑子がその例である。クロウ・リードという魔術師の「侑子にもう一度目を開けてほしい」という強い想いが、彼女の時間を止めてしまった。この状態を『ツバサ』では「すべての次元から切り離される」と表現している。この世に存在しているように見えるが、あの世に向かう途中で時間を止められているので「ここに居るようでここに居ない」という状態だ。


コウイチが紗幕をくぐる意味【Don't Look Back】

さて、ここからが本題である。

二幕はヤラの見る夢からはじまる。コウイチが主役を務めるシェイクスピアの劇に自分が出ている夢だ。ヤラは夢の中でも、1年前の事故の責任と罪の意識に苦しんでいる。
目が覚めた彼は、コウイチの病室を見上げる。コウイチに語り掛けるヤラをライトが照らし、背後の紗幕に映し出されたヤラのシルエットの向こうからコウイチが現れ、二人は掛け合って歌い始める。コウイチの訃報を知らせる電話を受けたオーナーもハーモニーに加わり三人の声が揃ったとき、ヤラとオーナー、そしてコウイチの間を隔てていた紗幕が開き、コウイチとヤラがそれぞれの想いを乗せて踊る。


わたしの尊敬する日本文学の教授がこんなことを述べていた。
「夢と現実の間には薄い膜のようなものがある」

わたしが思うに、この【Don't Look Back】を歌うシーンは、ヤラが見ていた夢と死に向かうコウイチが見ている夢が重なり、コウイチの魂をヤラの想いが引き留めるシーンなのだ。薄い紗幕の向こうのコウイチのいる世界が夢(=生と死のはざま)で、紗幕の手前のヤラとオーナーのいる世界が現実(=この世)である。「もう一度コウイチと舞台に立ちたい」というヤラの強い想い、もしくはコウイチを悼むオーナーの想いが夢と現実の間の紗幕を引き上げ、夢の世界のコウイチを現実に実体化させたのだ。


「ここに居るようで居ない」コウイチ

謎解きシーンのリカの台詞。
「こんなに近くにいるのに、こうして触れているのに、あなたを感じることができないの」
そう、彼は壱原侑子と同じ、「ここに居るようでここに居ない」状態なのだ。

そして、SHOCKの1000回公演を記念して発売されたDVDの特典に収録された『Endless SHOCK ANOTHER STORY』には、そんな「ここに居るようで居ない」コウイチの存在の不確かさがほのめかされている*3


長年ライバル担当の立場からこの舞台を見てきた人間として恣意的に解釈すると、コウイチをこの世に留め置いたのは他ならぬヤラである。すれ違ってきたコウイチとヤラの想いが夢というチャンネルで重なり、そこにカンパニーの仲間たちの想いが合わさって最後のショーを作り出したのだ。


終わりに

こう考えるようになってから、ヤラの影の向こうからコウイチが現れ紗幕をくぐって一緒に踊るあのシーンが大好きになってしまい、毎回鳥肌が立つ。おそらく、紗幕にこんなに深い意味を見出している観客は日比谷のどの劇場を探してもわたししかいないだろう。

ここまで源氏物語やら少年漫画やらあらゆるものを引っ張り出して偉そうにしゃべってきたが、すべてはわたしの個人的解釈であり趣味である*4。ANOTHER STORYの最後の一文を拝借し、結びとさせていただく。

”EVERYTHING IS IN YOUR IMAGINATION.”

*1:「心を奪われる」という比喩的意味から転じて、現代語の「憧れる」の語源となった。

*2:これには葵祭りでのある一件が引き金になっているが、説明は割愛する。

*3:コウイチとヤラの二人でのダンスシーンのはずが、ステージにヤラしかいないように見える。

*4:あと卒論

あの日のこと

Endless SHOCK 2012のドキュメント映像の中で、同作に毎年出演しているはずの出演者がオープニングの振り付けをまったく思い出せない様子が映し出されている。ドキュメントの中では、その原因は、前年の公演が震災により中止となり千穐楽をむかえられなかったためだという言及がある。

いまのわたしがまさにそれだ。わたしは昨年、SHOCKのMy千穐楽を迎えられなかった。
ほかにも理由はあるかもしれない。前年より観劇回数が少なかったからとか、そのあとに上書きされた記憶が多すぎるとか。
でもそれにしたって、不思議なくらい昨年のSHOCKが思い出せない。

わたしの千穐楽は3月19日の夜公演になるはずだった。その日に何があったのかは、もうあえて説明する必要もないだろう。


あの日、開演2時間ほど前には劇場近くに到着していた。近くのカフェで母とお茶をしていると、Twitterを見ていた母が「なんか様子がおかしい」と言い出した。なんだなんだと開いてみると、もうTLは大騒ぎになっていた。一部始終を見ていた人のツイートから憶測や心配の声が飛び交い、すぐには何が起こったのか理解できなかった。土石流のように流れてくる心配や主観、憶測のなかからかろうじて拾い上げた情報で、問題のシーンにはやらくんも出ていたが本人に怪我がなかったことはわかった。

しばらくその場で待機し夜公演の中止の知らせを聞いたあと、近くにいた屋良担の友人と合流する。頭の中はごちゃごちゃだが、なじみの顔を見て一安心。深刻になりすぎない空気に救われ、他愛のない話をして心を落ち着かせた。

友人と別れた後一度帝劇の前を訪れる。時刻は7時半頃。事故が起こってから3時間以上が経っているにもかかわらず、劇場前にはまだ人だかりができていた。マスコミだけではない。
「ここにいたって何もできやしないのに。」と、劇場前にたかる人々に興ざめしながらその場を後にした。


わたしがその日に観劇予定であることを知っている友人の何人かから、リプやDM、LINEで多く連絡を頂いた。ありがたいことにわたしへの心配の連絡だったのだが、そのときのわたしは「なぜわたしの心配なんかしてくれるんだろう。もっと心配されるべきなのは演者なのに」と思ってしまった。それくらい、「観られなくて残念」とか、そういう思いが沸いてこなかった。
ただただキャストとスタッフ、誰よりも光一くんが心配だった。Show must go on. そう叫び続けてきた光一くんのこの舞台で、ショーをストップせざるを得ないことが起こってしまった。彼の気持ちを思うと、身が引き裂かれそうな思いがした。

そして、こんなに心配なのに、こんなに彼らのことを思っているのに、ただ思うだけで自分には何もできない無力さに打ちひしがれた。事故の詳細と怪我をしたキャストの状態によっては「また立ち上がってくれ」と声をあげてよいものなのかもわからない。

何も出来ない。

どんなに大切に思っていても、今のこの状況で出来る事は何もない。演者と観客の関係の限界を感じた。

その日は夜遅くまで眠れなかったが、翌日からまたスーツで朝から出かけなければならない。痛む胸をなんとかなだめて、その日は泣きながら眠りについた。


翌日、もろもろの活動のため大学でパソコンを立ち上げ、ふとTwitterを覗き見て、夜公演からの公演再開が決定したことを知った。その時は素直にうれしくて、安心して、涙が止まらなかった。
普段SHOCKレポをあさることはほとんどないが、この日ばかりは夜公演のレポを待つ。奇遇にもこの日に観劇した友人が多く、光一くんの挨拶や、やらくんがいつも通りに公演を終えたことを伝えてくれた。あのカンパニーがまた走り出してくれることが、SHOCKファンとしてとにかくうれしかった。


観劇した人が、再び走り出したカンパニーに賞賛の言葉を並べる中、あるツイートを見たとき、それまで不思議なほど湧いてこなかった思いがふつふつと湧き上がってきて、つい口をついて出てしまった。

友人の協力もあり、ご縁があって譲っていただいた大切なチケットだった。
しゅーかつが始まったばかりで、スーツで説明会や面接に出かける毎日の中、久しぶりに私服を着られるのでお気に入りのワンピースを引っ張り出してきた。
この日だけは絶対に予定が入らないように調整し死守してきた日だった。
やらくんを好きになって7年2か月目の記念日だった。
これが今年のSHOCK最後の観劇の日だった。

わたしだって観たかった。

そんないろんな思いがこみ上げて来て、やっと言葉にできたのはこれだけだった。

しかし、これを見たたくさんの友人がまた声をかけてくれて、その言葉が、閉じ込めようとしていた思いをどんどん吐き出させてくれた。再開を喜ぶTLに水を差したくなくて我慢しようとしていたけれど、「素直でよろしい!」と。
観られなかった悲しさと、こんなネガティブツイートを受け止めてくれる友人の温かさへのうれしさで、この日もずいぶん泣いた。泣きに泣いてすっきりしたのか、翌日にはケロッとしてこんなツイートを。

気持ちはもう春である*1

美談にするつもりはないが、この一件の際は、友人の温かさに本当に救われた。改めて感謝したい。



また、それぞれの主観と憶測が飛び交う中、わたしが唯一信じたいと思ったレポがあった。

事故が起こったその瞬間、状況を把握したうえで、やらくんは必死でショーを続けようとしていた、という。

それでこそやらくんだ、と思った。その瞬間、それぞれが自分のやるべきことを考えて行動した結果、やらくんは続けることを選んだ。それはきっと他でもない、お客さんのため。後日Webの自身の日記で、その時の自分の行動が正しかったのかどうか、その日はずいぶん悩んで夜も眠れないほどだったと吐露していた。

その時ステージにいた者としてどう行動するのが正解だったのかはわからないし、きっと正解は無い。でもわたしは、その時やらくんが自分のすべきことをとっさに考え、続けることを選んだなら、それが彼にとっての最善だったんだと、今も信じている。そうすることを選べる彼を、信頼し、尊敬している。7年2か月前にあの場所で、あの舞台でわたしが好きになった彼は、またこうして好きを更新してくれている。そう再確認してしまった。

そして思った。次にステージに立つ彼に会うときは必ず笑顔で、この悔しい気持ちを払しょくしてもらうんだ、と。





先日ドッグファイト千穐楽のために愛知に遠征した。やらくんのために一人で遠征するのはこれが初めてで、予想していた通り、今ドッグロスがひどい。今頃やらくんは稽古ひーひー言ってるところだろうが*2、わたしのほうはまったくSHOCKモードになれていないのが正直なところだ。どうやってSHOCKにのぞめばいいのかもわからない。

とはいえ、今年もSHOCKでやらくんに会えるのは楽しみだ。毎年「やらくんが出演するのはこれが最後かもしれない」と思いながら通っている。もしあれっきりになってしまったらSHOCK出の屋良担として一生悔いが残ると思っていたから、今年もヤラを見られることは本当にうれしい。始まったら始まったで早く観たいと思うだろうし、観たら観たでSHOCK大好き芸人炸裂するのだろう。


あの一件を美談にするつもりはない。その後帝劇で楽しい時間を過ごしている人を妬ましく思ったことも事実だ。隠すつもりはない。あの日のことは今思い出しても苦しいし、2015年のヲタク活動最大の悔いだ。だから、あれ以来初めてSHOCKを観る前にこの気持ちを改めて供養するために、ここに今更綴るに至った。


あーあ、はやくステージに立つやらくんが観たいなぁ~。

*1:「俺はもう次のショーを考えている。」 「まだ公演中止から二日しか経ってないのに!」

*2:М幸さんのことだから、ひーひー言いながら喜んでいるはず。